支持/共感される企業文化を持たない企業は淘汰される時代が到来:経営理念はなぜ大事?
経営理念やスローガンなどのステートメントを掲げる企業は多いが、それが単なるお題目と化しているケースも少なくない。これらのステートメントを企業文化構築の礎とするためには、教育/研修などを通じて全社的な浸透を図るとともに、積極的な権限委譲により従業員の当事者意識を醸成していくことが肝要であろう。
顧客接点の担当者は「企業の代表」となり得ているか
「Twitter、Facebookをはじめとするソーシャルメディアにはまだまだ勢いがあり、企業による活用が本格化するのはこれから」という世の風潮に疑問符を投げ掛ける雑誌記事があった。『日経デジタルマーケティング』2012年8月号によると、2012年6月末時点でファン数が1万人以上の国内企業のFacebookページ127件のうち約12%、15のページが同年4月3日比でファン数を減らしたというのだ。
もちろんFacebook自体のブームが沈静化し、先行して積極的に利用していた一部の生活者の中で、“Facebook疲れ”とも言える状況が現れつつあることの影響も否定できない。しかし、いったんファンになった生活者が離脱する主な原因は、やはり、そのFacebookページに“魅力”が足りないからではないだろうか。
“魅力”とはすなわち、受け手にとって、価値のある情報が提供されているということである。この部分が不十分でファン離れが進んでいるケースの中には、企業のFacebookページ担当者に十分な裁量が与えられておらず、結果、無難な発言にとどまっている場合が少なくないのではないだろうか。
確かに“炎上”などというワードが飛び交うインターネットの世界で、不用意な情報発信は避けるべきであり、企業が慎重な姿勢を示すのも無理はない。特に、ファン数が増え、実験的な段階を終えて、本格的なメディアとして機能し始めたFacebookページにおいてはなおさらであろう。しかし一方で、Facebookページ担当者が社内外のステークホルダーとのコミュニケーションを担うに十分なナレッジやスキルを備え、なおかつ、その企業を代表してこれを取り行う裁量を与えられていれば、過度に慎重になる必要はないはずなのだ。
ダイナ・サーチ代表の石塚しのぶ氏が、「サービスの生産活動においては、常に顧客という相手があります。顧客は不均一であり、予測不可能です。ですから、生産にかかわる従業員に臨機応変な対応や創造性が要求されます」と指摘するように、現代のビジネスシーンにおいては、顧客1人ひとりに対して画一的ではないコミュニケーションを展開することが求められている。企業が生活者と同じ地平に立ってコミュニケーションを行うソーシャル時代において、その必要性はますます高まっていると言える。しかし、多様な顧客接点の担当者それぞれが、企業を代表してコミュニケーションを行うに足る存在となっていなければ、その実現は難しい。
それではなぜ、コミュニケーション現場の担当者は、企業を代表してコミュニケーションを行うに足る存在となれないのか。その原因を教育不足に求める向きもあるだろうが、付け焼刃の教育では対応マニュアルは身に付けられても、臨機応変な対応は望むべくもない。自社の理念を戦略的に独自の企業文化に落とし込み、顧客接点を担う現場担当者にまで浸透させていくことが求められているのだ。そこで今回の特集では、“良き企業文化”の醸成に積極的に取り組む企業のケーススタディを中心に、今、求められる戦略的企業文化のあり方を探ることとした。
洋の東西、企業規模にかかわらず展開される戦略的企業文化構築のための取り組み
Tシャツ専門メーカーの久米繊維工業では、“第二創業期”に当たる2006年に、従来からの企業文化を形成する内容を「経営理念」「夢と志に」「7つの行動指針」「久米繊維の人財像」「スローガン」という5つの項目で構成される「経営の基本方針」として明文化。同時に従業員への積極的な権限委譲を行うことなどで、昔ながらの下町の商店としてのあり方を企業文化として定着していくことを目指している。
グループとして外食、介護など幅広い事業を展開するワタミでは、創業以来、創業者である渡邉美樹氏の「思い」を出発点とした経営理念体系に基づく“理念経営”を展開。ビジネスを展開する上での実地体験を通じて得られた知見や考え方を、充実した教育体制などを通じて全従業員に浸透させており、さらに、従業員の“自己実現”を支援するための仕組みを数多く用意することで、従業員1人ひとりが“主人公”として主体的に行動することをサポートしている。
収納用品の小売りを手掛ける米コンテイナー・ストアでは、「われわれが売るモノは、所詮は“空き箱”」であり、「店員がそこに介入し、顧客の悩みに即した解決策を提案できてはじめて唯一無二の体験が生まれる」という認識から、「コンテイナー・ストア流のサービス」の“ものさし”となる価値観を「7つの基本原則」として明文化。この原則を採用や教育などあらゆる場面に適用することで、堅調な業績や、離職率の低さにつなげている。
ホームケア商品の製造/販売を手掛ける米メソッドでは急成長を続けていた2006年、「メソッド“らしさ”が損なわれつつある」という危機感から、幹部社員総勢90人を集め、日常の業務から離れ、ただひたすらに企業文化について語り合う合宿を実施。この合宿で得られた「社員の多くが『ザ・メソッド・ウェイ(メソッド流のやり方)』を求めている」という共通認識に基づいて「5つのコア・バリュー」をまとめ、会社の日常的な業務に反映させる仕組みをつくり上げることで、メソッド“らしさ”の全社的浸透を図っている。
ステートメントに基づく判断/行動を日常業務の中で主体的に実践することで当事者意識を醸成
戦略的に企業文化を構築しようとする企業では何らかの明文化されたステートメントを掲げているケースがほとんどだ。従来、暗黙知が尊ばれる傾向があった日本においても、近年、価値観の多様化が進む中で、企業と従業員が同じベクトルで進んでいくために明確な指針が不可欠になっているのだろう。
ステートメントの作成過程としてはトップダウン型とボトムアップ型が考えられるが、一長一短がある。トップダウン型では、創業理念などを基にした独自性のある内容を織り込みやすいが、トップの独りよがりに終わらせず、全社的浸透を図るためには、時間と工夫が必要となる。一方、ボトムアップ型では、従業員が作成過程に関与することで全社的浸透は図りやすいものの、“熱”や“重み”が込められた一貫性のあるストーリーを共同で作り上げる作業は決して容易ではないだろう。
ステートメントを企業文化構築の礎とする過程においては、教育/研修などを通じて全社的な浸透を図ることが重要であることは当然だが、同時に積極的な権限委譲により従業員の当事者意識を醸成していくことも肝要である。ステートメントを十分に理解したとしても、その考え方に基づく主体的な判断/行動を日常の業務の中で実践する機会が与えられていなければ、単なる“頭でっかち”にもなりかねないからだ。職種や階層に応じた裁量権を付与し、主体的に企業文化を体現するよう促すことこそが、ソーシャル時代に企業が人々の共感を呼び、支持を得て、発展していくために求められている姿勢と言えるだろう。
※この記事は月刊アイ・エム・プレスの2012年9月号の総論「支持/共感される企業文化を持たない企業は淘汰される時代が到来」の原稿を一部修正して転載しています。
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