企業コミュニケーションの「ニューノーマル」を語ろう:エキスパートが語り下ろすモダンマーケティングの論点(2/2 ページ)
マーケティングやPRの従事者は今、かつてない難問を突きつけられている。「3密」回避などの視点から宣伝・広報活動が制限されたり、そもそもビジネス事態がストップしてしまっていたりすることさえある。コロナ禍における情報発信はいかにあるべきか。
「休んでたってここにいるよ」 サンリオピューロランドの情報発信
昨今「ブランドパーパス」という概念が注目されています。これはブランドの「存在意義」であり、営利とは異なる、社会に存在する目的と捉えられることができます。グローバル企業はブランドパーパスを唱えて社会的なストーリーを付与し、PR活動を行っていますが、日本企業はこれまでこのブランドパーパスが弱いと感じていました。しかし、今回のコロナ禍をきっかけに、自社のブランドパーパスを見直す傾向が見られます。今後、企業が発信する情報の中身も変わってくるのかもしれません。
消費者との「エンゲージメント」の重要性も明確になりました。店舗が閉鎖されたりサプライチェーンが断絶したりして、モノやサービスを満足に届けることができない状況下でも消費者に応援してもらえるブランドとそうでないブランドではっきりと差が出ています。例えばサンリオピューロランドは「休んでたってここにいるよ」というメッセージとともに、臨時休館中の様子を動画で公開しました。テーマパークは集客して体感してもらってこそ価値を提供できる業態だったのですが、それができなくなってしまった。そこで、施設のメンテナンスやレストランの新メニュー開発にいそしむスタッフ、ダンスに磨きをかけようと努力するキティちゃんの練習風景など、ふだん見せられない裏側をあえて見せることで親近感を高め、エンゲージメントを維持しようと試みたのです。素晴らしい取り組みだったと思います。
企業人は「ナラティブ」であれ
あらためて認識を強くした点もあります。それは、「企業は直接消費者に語りかけることができる」ということです。SNSもあれば動画もある今日、メッセージを伝えるために必ずしも外部メディアに依存しなければならないということはありません。記者会見がライブ配信で行われることも増えていますが、消費者の方に直接視聴してもらうこともできるわけです。
今後はさまざまな発信手段をどう使い分けていくのか、どのチャネルからどんなメッセージを発信するか、より戦略的であることが求められるでしょう。となると広報も、従来のメディアリレーションズだけではない、別の役割やスキルがより強く求められるようになります。具体的には「語り方のうまさ」、つまり「ナラティブ(narrative)」であることが必要になります。
これまで消費者に情報を届けるため、企業はメディアを使って自社の情報を料理してもらい、見どころや新奇性をうまくアピールしてもらっていました。いわば、ナラティブをメディアに頼っていたわけです。さまざまな手段を使って直接消費者に語りかけられるようになった今、広報自身がメディアとなり、ナラティブな力を発揮しないといけません。さらに言えば、その役割は広報だけに限られるものでもありません。企業に属し社会と接点がある人であれば、誰であれナラティブであるに越したことはないのです。
社員自身がコンテンツとなる時代、全員が広報で、全員ナラティブな力を持つ必要がある。もちろん全員がそれぞれの核にブランドパーパスを持っていなくてはいけません。企業のコミュニケーションは遅かれ早かれそうした方向に行ったと思いますが、今回のコロナ禍で変化が加速したのではないでしょうか。
正解は1つではない
単に社会に自社の情報を伝えるだけでなく自社の製品・サービスが売れる空気や場を作っていくストラテジックな施策が必要――これが戦略PRの考え方です。しかし、提唱者である私から見ても、今日は大きな話題で消費行動を喚起させる、そんな空気やムーブメントが作りにくくなっています。
今日の世の中は、特定の興味関心で結びついた小さなコミュニティーがミルフィーユのように層を積み重ねてできています。それぞれの層は完全に分断しているわけではないけれど、全体として同質・同類の集団でまとまることもない。SNSが普及した影響もあるかもしれません。
一方で、一つ一つのコミュニティー内では、体験が共有されることで絆がどんどん強くなります。ミルフィーユ構造の社会でこれからの企業コミュニケーションは、広く情報発信を行うよりも「一緒になりたい人たち」の中にどれだけ溶け込めるか、環境が目まぐるしく変化する中で時流を読み、相手を理解し、同じ共有体験ができるかがポイントになります。
私たちは先ほどのナラティブ力を含め、これからのPRパーソンの要件となるコンピテンシー(行動特性)モデルとして「SCALE PR Competency Model」を掲げています。
幾つかのコンピテンシーに共通するのは臨機応変であることです。何が正解か分からない時代、しかも多くの階層が増え続ける中、唯一無二のメッセージに固執するよりもマルチメッセージを用意しておくことが正解となる場合もあるでしょう。PRやマーケティングの「ニューノーマル」に挑む方にはぜひ、臨機応変でフットワーク軽く、自分の中に複数の視点を持てる人であってほしいと思います。
(構成:岩崎史絵)
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