福田康隆氏がアドビ退社後初めて語ったB2Bマーケティング&セールスと自身の「これから」の話:単独インタビュー(2/2 ページ)
アドビ システムズ専務執行役員の座を退いた福田康隆氏が新天地ジャパン・クラウドで再始動。これからの方向性について聞いた。
『THE MODEL』について誤解されがちなこと
――福田さんの学びと実践の集大成ともいえるのが著書『THE MODEL』です。最近、SaaS系のスタートアップのイベントに行くと、組織作りのテーマで必ずといっていいほどこの本の話題が出ます。それだけ多くの会社がマーケティングとセールスの分業体制を作り根付かせるのに苦労しているのかと思います。この本に感化された経営者がマネジャーに「本の通りに実装しろ」とムチャ振りしてくるといったことも起こっているようですが。
福田 著書にも書きましたが、どの会社にもそのまま適用できるモデルなど存在しません。ただ、情報が何もない最初の頃に著書を参考にしていただくのは悪いことではないと思っています。むしろ最近気になっているのは、読んで自社のモデルを作ったという人が、コミュニティーの中でそれを発表し合うというコミュニケーション自体が目的化しているところですね。もっと自分の仕事に集中すべきではないかと思います。
――「僕たち私たちが考えた『THE MODEL』」を見せ合うことより、それを使って自社のビジネスを成功させることに注力すべきではないかと。
福田 自分自身のことを振り返っても、事業責任者としてそんなことをやっている暇はなかったと思います。また、怖いのは、若い人たちが「こういうノウハウがあるんだ」と飛びついてしまうことですね。実際には成功は一瞬で、すぐに次の課題が見えてくるものです。それらの課題にお客さまや社員と一緒になって対応することの繰り返しですから。
――出来上がったモデルは完成形ではなく、常にアップデートさせていく必要がある。
福田 その辺は繰り返し言い続けてもなかなか理解されないですね。一般的に『THE MODEL』の要点は、販売組織を「マーケティング」「インサイドセールス」「フィールドセールス」「カスタマーサクセス」の4機能に分けて、それぞれが次の機能に関係する指標をモニタリングすることと理解されています。私自身も最初はそう考えていました。しかし、実際につまずくのはプロセスや指標そのものではないんですね。プロセスは一方通行に動かないし、そもそも組織は人の集まりなので、必ず人の問題に直面します。人は自分が何で評価されているかで行動を変えるものです。その文脈を読み取れなければオペレーション全体が回らなくなってしまいます。
――プロセスを実行するのは人ですからね。分業がうまくいくためには組織内の人を適材適所に配置することが不可欠になる。
福田 分業のいいところは2つあります。1つは各人が一番パフォーマンスを発揮できる仕事を任せられること、もう1つは十分にスキルを蓄積していない人でも特定の仕事を集中してやることで習熟度の向上が期待できることです。時々「分業はつまらない。自分は1つの仕事だけをやるのではなく、いろいろな仕事に関わりたい」という意見を聞くこともありますが、何でもできる優秀な人というのは、めったにいません。社員がやりたいと思う仕事を与えることと適材適所で組織をうまく回すことは次元の違う話です。
――『THE MODEL』の副題は「マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス」です。単なる「分業」でなく「共業」という考え方が重要であるように思います。
福田 分業がうまく行っている会社は、後工程を理解しています。例えばインサイドセールスであれば、後ろの営業がどんな会話を案件につながるかが分かっていることが重要です。インサイドセールスが「BANT(予算、決裁権、必要性、導入時期)条件を満たしたリードをただ渡せばいい」と思っているようだと、分業ができていると見えて実際には型だけまねしているにすぎません。
優れたテクノロジーと優れた経営者を発掘するために
――福田さんがこれからジャパン・クラウドで取り組んでいきたいことについて聞かせてください。
福田 主に2つあります。1つは定期的に米国に行き、これから日本市場にインパクトをもたらすテクノロジーを探すことです。今、特に注目しているカテゴリーはありませんが、強いて言えばデータガバナンスやデータマネジメントの会社。それから次のフェーズに進もうとしているAIやRPAの会社でしょうか。シリコンバレーの会社だけではなく、東海岸の会社、さらには欧州の会社など、世界中で最も優れたテクノロジーを提供する会社を発掘したいと考えています。
「Every company is now a tech company.(全ての企業がテクノロジー企業になる)」という言葉が示すように、これからはテクノロジーをうまく活用する企業が成長します。それがDX(デジタルトランスフォーメーション)の本質でもあると思いますし、広い意味でDXに役立つポートフォリオをジャパン・クラウドで構成していくつもりです。
――もう1つは何でしょうか。
福田 社長になるポテンシャルを秘めた若い人たちのレベルアップをサポートすることです。自分自身がマルケトの社長をやったことで、一段上のステージに上がったと感じました。マルケト時代のユーザー会がより優れたマーケターに成長するための場であったのと同様に、ジャパン・クラウドを、より優れた経営人材を育成して日本の産業発展に寄与する場にしていくことを、長期的なゴールに据えました。
これまではファンドの機能だけしか持っていなかった組織に新しくコンサルティング部門を立ち上げたのは、そのゴール実現のための布石です。若い人が社長をやると、失敗もするし、多くの壁にぶつかることになる。そこをうまく助けることができるよう、マーケティング、HR(人事)、コミュニケーションなどを専門とする人材を集めました。今後は、投資先各社の経営支援を強化していきます。
――2016年にMarketoはVista Equity Partnersに買収されました。PE(Private Equity)ファンドとの仕事からの学びもあったのでしょうか。
福田 ラリー・エリソン氏やマーク・ベニオフ氏のようなカリスマ的アントレプレナーから得られるものとは異なる多くの学びがありました。ジャパン・クラウドではVista傘下の会社の日本法人を支援する計画もあります。PEファンドは業種の違う多くのポートフォリオを持っていて、どの会社にも当てはまる成長の原理原則をドキュメントにまとめており、その内容を実践して効果を上げることを得意としています。Vistaが持つグローバルレベルのベストプラクティスを吸収し、経営における「THE MODEL」をまとめることがライフワークになりそうです。
自分のゴールだけではなく後工程のゴールの達成も意識しよう
――若い人たちに学んでほしいこと、これから経営者になる人材に求めるものについて聞かせてください。
福田 歴史を学んでほしいですね。IT業界で最近気になるのは「SaaSのビジネスでは」などという枕ことばが増えたことです。私自身が新人のときに先輩から教わったのは、メインフレームやオフコンがあってクライアント/サーバが出てきた歴史でした。今日、多くのSaaSネイティブの人たちがSaaSだけを見ているのは残念です。今のSaaSが出てきた歴史を理解していれば、普遍的な原理原則を踏まえた上でそのときに必要な打ち手が分かります。
それから世界に打って出てほしい。野球の世界でイチロー選手や大谷翔平選手のようなメジャーリーグで通用する日本人がいるように、ビジネスの分野でもトップクラスには優秀なリーダーがいます。でも、人材の層の厚さにおいては日米で比べものにならない差を感じます。徐々に海外拠点を作る会社も増えてきましたし、活躍場所が増えれば人材の底上げにつながるのではないかと期待しています。
――『THE MODEL』の話に戻って、B2Bの組織の中でうまく共業を進める上で現場の人たちにアドバイスを送るとすれば、どんなことがありますか。
福田 月並みですが、人の視点で仕事をすることでしょうか。自分のゴールのさらにその先を達成することを意識する。もちろん自分のゴールを達成することは大前提ですが。先ほどのインサイドセールスの例でいえば案件をパスされる営業の立場になってみる。これはマーケティングと営業、あるいは営業とカスタマーサクセスの間でも成り立つことです。導入が難しいツールを売っている営業であれば、研修の予算も付けて専任担当者をおくべきであることを説明した上で受注できることが大事で、「それを言うとお客さんが迷いそうだから取りあえず売ってしまおう」という人とは雲泥の差がつきます。
――人の視点が大事というのは対外的にも同じことが言えそうですね。マーケティングや営業であればまさに「顧客理解」ということになりますが。
福田 しかし実際には「お客さまの理解が大事」と口では言いながら顧客のビジネスを説明できない営業が山ほどいます。初回提案の事前ミーティングをすると、結局は自分の言いたいことしか言おうとしない。顧客の顧客が誰なのか、競合はどこなのかといったシンプルな質問にも答えられない。自社の製品を好きであることは大事ですが、顧客のビジネスに興味を持っていないのでは売れるはずがありません。
――顧客のビジネスを理解することは基本ですね。ただB2Bの場合、顧客となる会社のビジネスゴールと担当者の目先の関心事が一致しないといった問題もありそうです。
福田 そうですね。これは大きなハードルです。担当者個人が抱えている課題とその会社の課題と連動していないので何度デモを見せてもなかなか受注につながらないということはあります。時間を使い過ぎるからとその人を飛ばすと、それはそれで機嫌を損ねてしまう。そうならないためにも、最初から相手の会社のことをリサーチして、当たるべきライトパーソンを見極めなくてはなりません。
――そこも含めての顧客理解なのですね。
(聞き手はITmedia マーケティング編集部 織茂洋介)
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