マルケト福田康隆氏が伝えたかったSaaSビジネスの核心、そして日本のマーケターへのメッセージ:話題書『THE MODEL』を読む(1/2 ページ)
B2Bマーケターに新たな課題図書が誕生した。著者はマルケト代表取締役社長の福田康隆氏。著書に込めた思い、そして多くの人のビジネスをアップデートするメソッドの神髄とは。
セールスフォース・ドットコムのビジネス成長を裏側で支えるのは「THE MODEL」と呼ばれる組織的な営業プロセスマネジメントの仕組みである。その生みの親である福田康隆氏は、現在マルケトの代表取締役社長を務める。
福田氏は2019年1月に上梓した初の著書『THE MODEL』(翔泳社)の中で、この仕組みを作り上げた経緯と日本企業がこれを実践する上で注意すべき点を記している。
THE MODELにおいては、営業プロセスを「潜在顧客の獲得」「見込み客の育成」「案件管理」「契約継続/追加」の4つに分け、それぞれを担当する「マーケティング」「インサイドセールス」「フィールドセールス」「カスタマーサクセス」の各チームが達成すべきKPIを「見込み客数」「案件数」「受注数」「継続数」と定めたものである。この4つのKPIは後続のチームのKPIを達成する前提条件となるため、組織全体で最終ゴールを共有しながら活動を進めることになる。
なぜ『THE MODEL』を書かねばならなかったのか
2019年1月31日、著書出版を記念して行われたイベントの場で、このモデルの詳細を一冊の本という形で読者と共有しようと考えた理由は2つあると福田氏は切り出した。
1つは日本でもインサイドセールスやカスタマーサクセスのチームを立ち上げようという企業や、セールスイネーブルメントに関心を持つ企業が増えているためだ。福田氏は、問い合わせをしてくる人が「形から入ろうとしていることが気になる」と語る。見込み客の育成や案件管理をやりたいと思うのはいい。だがその前に「そもそもなぜそれが必要かを考えてほしいし、その良さを取り入れるために考慮すべきことも合わせて考えてほしい」というのだ。
もう1つの理由は、成長戦略を考える上で、投資家視点よりも顧客視点の方を重視してほしかったからだ。SaaSビジネスでは、投資家がその企業の成長を評価するために使う「40%ルール(注1)」や「T2D3(注2)」のような独特の指標があるが、形から入ろうとするのは危険だ。そもそも一口にSaaSといっても、セールスフォースやマルケトのように当初はSMBであったターゲットをエンタープライズに移したケースもあれば、最初からエンタープライズをターゲットとしたServiceNowやWorkday、SMBがターゲットのHubSpotなど、目指すところはさまざまだ。ライフサイエンス専門のVeevaのように業界特化型のビジネスもある。福田氏は「一律にモデルを当てはめようとするのではなく、自社がターゲットとしている顧客セグメントや販売チャネル、リテンションの難しさ、組織としての成長ステージに合わせた戦略が必要になる」と訴える。
注1:赤字でも売上高の成長率と営業利益率の合計が40%を超えれば許容されるという考え方。
注2:Triple, Triple, Double, Double, Doubleの略。SaaSスタートアップにおける望ましい成長率の基準。
モデルができるまでを追体験してほしい
本書は5部構成。このうち第1部と第2部はTHE MODELが生まれるまでの丁寧な描写が中心である。おそらく読者が最も関心を持って読み進めるのは、4つの組織機能を取り上げた第3部と、パフォーマンスマネジメントなどを取り上げた第4部の内容であろう。それでもあえてその前段部分に多くのページを割いた狙いは、紆余曲折をへて生まれたプロセスと成果を出すまでに培った福田氏自身の知識と経験を、読者にも疑似的に追体験してもらうことにある。
THE MODELは今や、セールスフォース・ドットコムという一企業の枠を超えて、B2BのSaaSビジネスに従事するあらゆる企業が参照すべき成長のベストプラクティスとして認知されるようになったが、福田氏の作ったモデルは最初から今の形であったわけではない。
どの組織にも、その時々で何かの課題を抱えており、それを解決するためにプロセスや体制を模索している。セールスフォースがインサイドセールスを立ち上げたのは、営業がフォローせずに放置されている見込み客の存在に気づいたこと、カスタマーサクセスに取り組むようになったのも、解約率の高まりがビジネスに及ぼす悪影響を解決しようとしたことがきっかけであった。
セールスイネーブルメントは、米国で5、6年前から出てきたアイデアである。企業の営業組織の在り方はさまざまだが、商材が複雑化してカタログだけでは売ることが難しくなると、一部のトップパフォーマーとその他のローパフォーマーの差が大きくなる。この状況が続くと、トップパフォーマーの退職に直面した際に継続的な事業成長が期待できなくなるという、大きなリスクにつながる。
特に、テクノロジー製品のように、ソリューション営業が求められるビジネスでは、このパフォーマンスの格差を小さくするためのトレーニングが不可欠だ。成果を出せる営業として独り立ちする担当者を増やし、組織全体のパフォーマンスを高めることで、事業リスクを低減する。そこにセールスイネーブルメントの価値がある。
福田氏は19世紀のドイツの政治家で日本では「鉄血宰相」の名で知られるビスマルクの言葉(愚者は自分の経験に学ぶと言うが、私はむしろ他人の経験に学ぶのを好む)を引用しつつ、「自分一人でできる経験には限界があるが、他者の経験から学ぶことで社会はより良いものになる」と述べ、読者が各自にとってのTHE MODELを創造することに取り組むことを促した。
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