すぐできるパーソナライズ(その1):訪問回数に応じてコンテンツを出し分ける:「デジ損」から会社を守る 第3回
前回紹介した「PIEモデル」を使い、ある程度特定できたセグメントに対してパーソナライズを開始する際の具体的手法を紹介します。
「デジ損(デジタル機会損失)」とは何か
企業のWebサイトには日々、多くの訪問者が何かしらの目的をもって、何度も訪問しています。しかし、多くの場合、表示されるコンテンツはいつも同じなので、訪問者に関連性が低く琴線に触れないコンテンツを表示してしまうことになります。これでは訪問者の興味を喚起することができません。訪問者はサイトから離脱するでしょう。結果的に企業は、ビジネスへとコンバージョンするチャンスを逸してしまうことになります。このことをわれわれはデジタル機会損失=デジ損と呼んでいます。
前回は、パーソナライズを始めるに当たっての考え方として「PIE(パイ)モデル」を紹介しました。PIEモデルでは、次の3つの要素で簡単なセグメンテーションを行うものです。
- P(Potential:潜在価値):体験をパーソナライズすることで、どのくらいエンゲージメントを向上できるか。あるいは、主要なKPIにどの程度のインパクトをもたらすのか。
- I(Importance:重要度):そのセグメントに何人の訪問者が含まれるか。セグメントの規模が大きいほど、より大きな成果が得られる傾向がある。
- E(Ease:容易さ):ある訪問者がそのセグメントの該当者であることをどれだけ簡単に判断できるか。Webサイトにその訪問者が来訪した瞬間に誰かを特定することができるか。
今回より、このPIEモデルを使い、ある程度特定できたセグメントに対してパーソナライズを開始する際の具体的手法について見ていきます。パーソナライズにはさまざまなやり方がありますが、ここでは非常に簡単なルールベース(これをしたら○○を掲出するという、メールの振り分け機能のようなもの)でできる手法を紹介します。今回取り上げるのは、訪問回数に応じたパーソナライズです。
問題は訪問者の期待とコンテンツが不一致であること
これまでも何度か紹介してきたように、リアル店舗だと非常に不快な体験となるようなことがWebサイト上では当たり前のように起こっています。企業側として怖いのは、顧客の不満が見えないうちに離脱されてしまうことです。クレームを受けたのであれば、それに対して手を打つことができますが、黙って離脱されて訪問者が減り続け、改善の必要性に気付いたときには「時すでに遅し」という状況が多々あるのです。
Webサイトはユーザーに向けた情報発信ツールとしてとても有力な手段ですが、もはや単純にWebサイトを立ち上げただけで世界に向けた情報発信ができたと一安心する時代はありません。今日の企業におけるWebサイトの役割は、「総合的な情報発信媒体」から「売り上げへの貢献活動や営業活動を支援する重要なマーケティングツール」へと変化しています。
営業活動とは、顧客を理解し、顧客に寄り添い、必要なときに必要な情報や商品を届けることであり、それができなければ、顧客はすぐに離れていきます。営業担当者であれば皆さん言われるまでもなく、良くご存じのことでしょう。
B2Cの世界でもB2Bの世界でも、見込み客が店舗に出向く前、あるいは営業にコンタクトする前にWebで情報収集するのは、当たり前のこととなりつつあります。こうした現実を踏まえ、企業はWebサイトで自社および商品の情報を発信することでユーザーの興味関心を喚起し、最終的に購買や契約につなげるのが理想的な形です。
にもかかわらず多くの企業のWebサイトは、うまく結果に結びついていません。その大きな理由は、提供されるコンテンツが訪問者の期待に対してミスマッチであることです。
何度訪れても同じトップページが表示されるWebサイトや、初回訪問でいきなり個人情報を取ろうとしてくるWebサイトなどは、その最たるものです。訪問回数を見てコンテンツを出し分けるだけでも、ある程度は顧客を理解して体験をパーソナライズしたように演出することはできるのです。
人はWebサイトを訪れる回数によって、求める情報が違う
ここではMBAプログラム(フルタイムおよびパートタイム)を提供するビジネススクールの事例を紹介します。全ての企業、全てのビジネスに同じやり方が当てはまるわけではありませんが、実際のプロセスをなぞることで、訪問回数に応じたパーソナライズの手法をご理解いただけると思います。
このビジネススクールでは、Webサイトを通じて誰に対し、どこでパーソナライズすべきかを検討していました。そして、PIEモデルを使って、注力すべきセグメントを協議した結果、自社にとって利益率も高く、海外からの入学希望者が急増しているMBAプログラムに関するWebコンテンツをパーソナライズすることになりました。
まず自社サイトのアクセスを解析したところ、このプログラムに関するコンテンツは直帰率が高く、来訪者の滞在時間が短かいことが判明しました。滞在時間が短いということは、求めているコンテンツにすぐにアクセスできているとポジティブに評価できる状況もあり得ますが、ここでは高い直帰率も鑑みて、期待されたコンテンツを提供できていないと考えるべきでしょう。
次に、来訪者がどういった情報へアクセスしているのかを訪問回数別に解析したところ、初回訪問では料金や入学資格に対する興味が最も高く、申し込み時期や期限といった情報には4回目以降にアクセスする実情が見えてきました。
これまでこのビジネススクールでは、こういった実情に関係なく来訪者にさまざまなコンテンツを提示していたわけです。そこで、訪問回数に応じたコンテンツ表示ができるよう、トップページのヒーローバナーを以下のようにパーソナライズしました。
- 1回目の訪問:来訪者が自分も入学可能なのか、入学するならいくらくらい必要になるのかが分かる
- 2回目の訪問:なぜ当ビジネススクールを選ぶべきなのかが分かる
- 3回目の訪問:どんなことを学べるか、どんな教授や講師がいるのかが分かる
- 4回目の訪問:CTA(Call To Action:行動喚起)として、オープンキャンパスへの参加を促す
同ビジネススクールは来訪者とのエンゲージメントを高めるのに成功しました。ポイントは、これを経験と勘からではなく、データドリブンで行ったところにあります。顧客のコンテクストを理解し、コンテンツを準備し、パーソナライズしているのです。
初回訪問時にいきなりオープンキャンパスへの参加を促されたり、まだその学校の良さを理解してもいないのに申し込み期日の情報を掲出されたりするのは、良い顧客体験とはいえません。
訪問回数に応じたパーソナライズは、PIEモデルのEase(容易さ)という観点から見ても、非常に簡単に始めることができ、手っ取り早く効果を出せるものとして推奨できます。
執筆者紹介
安部知雄
サイトコア マーケティング グループ アジア地域担当本部長。国内大手鉄鋼メーカーで世界各国への機械販売に従事。世界市場におけるマーケティング力やコミュニケーション力の重要性を再認識し、マーケティングコミュニケーションエージェンシーへと転職。外資系企業の日本参入を多数支援し、クリックテック・ジャパン立ち上げにも携わる。2016年5月より現職。
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