第6回 「ベストプラクティス」が「猿真似」に陥る理由が分かると、顧客中心主義の戦略のポイントが分かる:【連載】「バリュープロポジション」から考えるマーケティング戦略論
我々のバリュープロポジションは何か? それをいかに実現するのか?――。戦略の本質は対象を見定め、「何をやらないか」を決めてシンプルにし、かつ着実に実行することなのである。
サウスウェスト航空が実現した低価格/低コスト/高収益
世界で最良と考えられるプロセス/方法論/ノウハウを「ベストプラクティス」と呼ぶ。世の中では他社から「ベストプラクティス」を学んで実行することが多い。しかしライバルの成功を真似ても、必ずしも成功するとは限らない。
今年、国内各社が一斉にサービスを開始したLCC(ローコストキャリア、格安航空会社)。このLCCのパイオニアは40年以上前の1971年に創業したサウスウェスト航空だ。多くの会社が低収益で経営難に陥っている米国の航空会社の中で、サウスウェストは現在も高収益を続けている。
1960年代後半、米国内は都市間の移動が不便で、かつ費用も高いと感じたサウスウェスト航空の創業者達は、「低運賃で時間通りに運航し、便数の多い航空会社を作れば成功するはずだ」と考えた。顧客にこの価値を届けるために、当時全ての航空会社が提供していた指定席/ビジネスクラス/無料機内食/他航空会社への手荷物転送などは一切止めた。さらに近距離/低価格に特化、機種もボーイングB737一種類に絞って保守効率を上げた。当時の航空会社の常識を破る画期的な方法でサービスを開始したのだ。そして低価格/低コスト/高収益を実現し、成功を収めた。
このサウスウェスト航空の成功をライバル達は黙って見ていなかった。当時の航空会社最大手のコンチネンタル航空は同様のサービス「コンチネンタル・ライト」を開始した。サウスウェスト同様、コンチネンタル・ライトも機内食やファーストクラスを廃止、運行間隔を短くし、運賃を引き下げ、発着作業時間も短くした。
業界最大手は全力を挙げて新規参入者を潰しに来たのだが、結果は惨憺たるものだった。混雑したハブ空港では離陸が遅れた。荷物積替えや発着作業に時間がかかり、1日1000件の苦情が殺到した。コンチネンタルはコスト削減のため旅行代理店手数料を削減し、マイレージサービスも提供しなかったので、旅行代理店と利用客を怒らせるだけに終わった。コンチネンタルは何億ドルもの損失を被り、CEOは解雇された。
戦略とは競争上必要なトレードオフを行うこと
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