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第1回 衰退する企業と躍進する企業、違いは「事業定義の仕方」にある【連載】「バリュープロポジション」から考えるマーケティング戦略論(1/2 ページ)

「製品志向」で事業を定義する企業は時代の流れに取り残される。米国の鉄道会社のように――。日本アイ・ビー・エム 永井孝尚氏によるマーケティング原論の第1回。

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米国の鉄道会社が衰退した理由を考える

 この記事を読んでいるあなたに最初に質問がある。あなたがいま所属してる会社は「どんな事業」を展開しているだろうか? まずは、本記事から目を離して10秒程考えてみて欲しい。

 もし、「IT事業」「広告事業」「鉄鋼事業」「自動車事業」「家電事業」「電力事業」という言葉があなたの頭の浮かんだとしたら、あなたの会社は危ないかもしれない。実際にそのように考えてしまった結果、衰退した会社があるのだ。米国の鉄道会社である。

 昔の米国では鉄道は主な輸送手段だった。しかし、米国を旅行したことがある人はご存じの通り、現代の米国において主な輸送手段は飛行機、車、バスであり、鉄道産業は衰退している。なぜか? 鉄道会社が自分たちの事業を「輸送事業」ではなく「鉄道事業」と考え、顧客が飛行機や車を使うようになっても「自分たちは鉄道事業だから関係ない」という態度を貫いたためだ。

 現代の私たちからみると、「なんと愚かなこと」と思うかもしれない。しかし米国の鉄道会社のことを私たちは本当に笑えるだろうか?

 例えばテレビ。テレビを作っている会社は、もしかしたら自分たちの事業を「テレビを作る事業」と考え、他のテレビ会社(日本国内の競合メーカーや韓国、中国の電機メーカー)が作っているテレビよりも優れた商品を作るべく日々大変な努力をしているかもしれない。米国で鉄道産業が成長していた頃と同様に、テレビ産業が成長していた頃はそれでよかった。しかし、最近の人々はテレビを見ていた時間を使って、ネットを見たりケータイを使ったりしている。見方を変えると、テレビはユーザーの時間をネットやケータイに奪われている。テレビを作っている会社がいま考えることは、「ネットやケータイよりも魅力的なテレビ(あるいは製品、サービス)とは何か」なのだ。

 以上の考察はあくまで一例である。米国で鉄道会社が飛行機や車に顧客が奪われたことと同じことが、現在さまざまな分野で起こっているのだ。

 もちろん逆のケースもある。ある化粧品会社は、自分たちの事業を「化粧品製造販売業」と考えずに、「ライフスタイルと自己表現、そして夢を売ること」と定義している。将来、技術革新が起こり、化粧品よりも効果的な美容方法が生まれるかもしれない。その時に生き残るのは、自社を「化粧品製造販売業」と考えず、「ライフスタイルと自己表現、そして夢を売ること」と考えた会社だ。このように考えることで彼らは、将来出てくるであろう化粧品に変わる技術革新を、自分たちの脅威としてではなく、顧客に「より高付加価値」のサービスを提供できるチャンス、結果的に、自社を発展させられるチャンスと捉えている。

 前者と後者の違いは何か? それは「製品志向」か「市場志向」かの違いだ。

 自分たちの事業を「鉄道事業」と考えるのは「製品志向」である。一方、「輸送事業」と考えるのが「市場志向」だ。「鉄道事業」と考えるケースでは、自分たちが作っている製品やサービスを軸に考えている。一方で「輸送事業」と考えるケースでは、顧客に提供している価値を軸に考えているのだ。

 企業を存続させているのは顧客である。企業は、顧客が商品やサービスに対して払ってくれているお金で存続している。顧客が対価を払ってくれる商品やサービスは、企業を存続させるための手段に過ぎない。だから企業は顧客を中心に考えることが必要だ。

 「顧客中心主義」とは単なる精神論ではない。企業が存続するために必要不可欠な考え方であり、企業のトップから現場の第一線の社員までが考えるべきことなのだ。だから事業の定義を「市場志向」で考え、顧客中心主義を実現していくことが必要なのだ。

 ここで最初の質問に戻りたい。あなたが仕事をしている会社は、何を事業にした会社だろうか?

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