「ユニファイドコマース」が小売業界の新常識になる、これだけの理由:Salesforce「Connections 2025」レポート(2/2 ページ)
今小売業界では、AIが買い物体験をどう変えるかに注目が集まっているが、もう1つ、重要なテーマがある。
Salesforceが考えるユニファイドコマース実現に必要な3つの要素
「テクノロジーが追いついた」という言葉の裏には、Salesforce社内で2つの進化を達成できたことがある。
1つはData Cloudでデータサイロの問題を解決できるようになったことだ。店舗でもデジタルでも、同じプラットフォームから顧客データ、商品データ、注文データなどにスムーズにアクセスできる。また、アッパーファネル(マーケティングファネルの初期段階。一般的に「認知」「興味・関心」の段階を指す)をサポートするMarketing Cloudやローワーファネル(マーケティングファネルの最終段階。「購入」の段階)をサポートするService Cloudと、データを共有できるようにもなった。
もう1つは、ECプラットフォーム「Commerce Cloud」自体が進化したことだ。2016年に買収したEコマース大手・Demandwareのシステムを前身とする「コマース」に、Salesforceが独自に開発した「オーダーマネジメントシステム」(OMS)、そして2024年9月のPredictSpring買収を経て、店舗向けの製品「POS」が組み込まれ、3本柱でユニファイドコマースのためのCommerce Cloudを提供できるようになった。
図1にある1つ目の柱「デジタルコマース」は、現在84カ国、1万以上の小売業のライブサイトの運営を支えている巨大なシステムである。1日あたり数百万件の注文データを安定的に処理でき、サイトを訪れるユニークショッパーの数は年間で20億人を超えるほどの規模だ。サイトトラフィックの急増にも柔軟に対応できる。旧Demandware(2004年創業)時代から、Salesforceは20回を超えるリテーラーのBFCM(Black Friday, Cyber Monday)商戦に貢献してきた。
そして、2つ目の柱「OMS」は、受注から、在庫、配送、決済までの一連の流れのハブになるシステムで、コマースとPOSをつなぐ中間レイヤーとしての役割を担う。注文データはオンラインからオフラインへ、あるいはオフラインからオンラインへと流れる。途中、キャンセルや返品があれば、このフローはもっと複雑になる。OMSは、独自開発のシステムを運用している小売業も多い分野だ。
個別取材に応じてくれたもう1人の幹部、アレックス・ブッチャー氏(SVP, Product Management, Salesforce)は、「ほとんどの小売業が店舗を持ち、OMS、POSシステムを運用しているが、それぞれは連携していないことが多い」と、テクノロジーの分断の問題を指摘した。Salesforceが、ユニファイドコマースのためのシステムを提供するにあたり、3つを統合的に提供する戦略を採用したのは、この分断を解消し、信頼できるデータを利用できるようにする狙いがある。
注文処理の正確な実行にとどまらず、顧客データを中心に他のシステムと統合できる設計にしたところに、Salesforceらしさが表れている。一気に全てを置き換えることは難しいが、段階的に移行できるよう、OMSから始めてもよいし、POSから始めることもできるようにした。
「店員が顧客データにアクセス」──現代のPOSはここまで進化した
この2つの柱にPOSを含めた3つのシステム機能を統合的に提供すれば、店舗におけるスタッフの体験を再構築し、オペレーションを簡素化につながると考えられる。ECサイトだけでなく、スマートフォンからの買い物が日常生活に浸透したが、小売業の取引の75%はいまだに店舗で行われている。「過去20年間、小売業におけるPOSシステムは進化しなかった。だからこそ、私はPOSに店舗オペレーション体験を変えるチャンスを見いだした」と、旧PredictSpringを創業者で2024年9月にSalesforceに転じたマンタニ氏は、2013年の創業当時を振り返る。
POSと聞くと、つい店頭のPOSレジを連想するところだが、日本を含めて世界中の店舗で主流なのはレガシーPOSシステムである。
マンタニ氏によれば、モダンPOSとレガシーPOSの違いは大きく4つある。1つ目はスマートフォンやタブレットで操作できるモビリティである。クレジットカードリーダーもいらない。バーコードスキャナーもいらない。スタッフに支給しているデバイスだけで使え、他のハードウェアへの投資が不要であることはモダンPOSの大きな特徴だ。
2つ目は、スタッフに顧客データへのアクセスを提供できることだ。顧客エンゲージメントを高める施策として、顧客データにその場でアクセスしながら、パーソナライズされた情報を提供する「クライアンテリング」と呼ばれるコミュニケーションが注目されている。コマースやOMSとの統合で、旧PredictSpring時代と比べ、さらに強力なクライアンテリングの機会を提供できるようになった。
そして3つ目はオムニチャネルである。マルチチャネルコマースの時代には、顧客にオンラインという選択肢を提供することが重要視された。しかし、時代は変わった。顧客はオンラインとオフラインを行き来するようになり、以前よりもシームレスに質の高い顧客体験を提供しなければならなくなった。
4つ目は、在庫データへのアクセスが容易であることだ。ある店舗で顧客の欲しい商品が欠品していても、別の店舗に在庫がある場合は取り寄せの手配が即座にできる。オムニチャネルの体験を提供できる場合は、ECサイトの在庫から融通してもらうこともできる。
この販売機会を逃さない施策は「エンドレスアイル」と呼ばれる。マンタニ氏は、これらのメリットが評価され、徐々にモダンPOSへの移行が始まっているとした。
AIエージェントで「買い物体験」はどこまで進化するか
ユニファイドコマースの先には、エージェンティックコマースがやってくる。すでに消費者の行動は変わり始めた。カスタマージャーニーの最初の認知のきっかけが、検索からAIアシスタントにシフトしているのだ。
実際、ショッピングサイトに来ても、検索窓を使う機会が減っている。2024年の年次イベント「Dreamforce」でもショッピングエージェントのユースケースが大きく取り上げられていた。オンラインでの日常の買い物に、AIエージェントとの対話ウィンドウが表示される未来がすぐそこに来ている。
Commerce Cloudに焦点を当てた講演では、架空のアウトドアブランドのデモで、AIエージェントとの対話を通じて、自分に合った自転車を見つけるまでのプロセスが紹介されていた。ブッチャー氏の説明によれば、AIエージェントは従来の検索体験を商品発見の体験に変える力があるという。
通常、ECサイトに来ると、最初はあまりの商品数の多さに圧倒されるものだが、Commerce Cloudで提供するストアフロントでは、これまでの購買傾向からAIが先回りをして商品を分類し、パーソナライズしたページを表示してくれる。
さらに、顧客がチャットウィンドウからAgentforce(Salesforceが提供する自律型AIエージェント)に「長距離用の自転車を探している」と告げると、複数のおすすめ商品を提案してくれた。商品を絞り込むときは、フィルターを使う代わりに、AIエージェントへの質問に変わる。商品の詳細ページを見て、気になることへの回答になる記述を探す必要はない。
何度かやりとりを重ねて、気に入ったブランドの自転車が見つかったとする。「組み立て済みの自転車を購入できるか」と質問すると、Agentforceは入手できることに加えて、シカゴ近辺の受け取り可能な店舗も案内してくれた。購入の気持ちが固まったら、Agentforceにチェックアウトの手続きを依頼することもできる。依頼に対応して、Agentforceはカートの準備をするだけでなく、「ヘルメットも一緒にいかがですか?」とクロスセルの提案も行う。さらに、決済時のロイヤルティプログラムへのポイント登録の手続きなど、店舗での買い物とほぼ同じ体験がAIエージェントでできることが示された。
今回のイベントでは、マーケティングでのAgentic Marketingのように、Agentic Commerceを提唱する代わりに、ユニファイドコマースの重要性を訴えるにとどまった。しかし、その先のAIエージェント時代に進むには、ユニファイドコマースの基礎なくしては難しい。顧客体験向上に向けて、小売業には変革のペースを緩めない努力が求められている。
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