資生堂が「デジタル広告」にシフト Instagramにとりわけ注力する理由(2/2 ページ)
資生堂は2023年から2024年にかけて、Instagramへの投資額を前年比58%増と大幅に増やし、明確にデジタルシフトへと舵を切った。それだけでなく、ブランド広告からダイレクト広告へと力点を変えたという。
クレ・ド・ポー ボーテの取り組み CTR向上、クリック単価は低下
ここからは、ブランド別に抱えていた課題をどのように解決していったのか、より具体的な事例を見ていこう。
<課題と解決策(1):自社保有データとMataの機能を活用したリーチとフリークエンシーの最適化>
クレ・ド・ポー ボーテは、ブランドに共感してくれる親和性の高い層にリーチしたいと考えていた。だが、キーワードでセグメントを狭めすぎるとリーチが取れない。だからと言ってセグメントを広げすぎると、ブランドの意向に沿わなくなってしまう。質を担保しながらリーチを拡大する難しさを感じていた。
また、フリークエンシー(広告の接触回数)を見てみると、51.4%が4回以下の接触しかないという結果が出ており、これで良いのか検証する必要があると考えていた。
そこで、同ブランドでは、ファーストパーティーデータを活用した類似拡張配信に挑戦することに。Metaのデータクリーンルーム(個人を識別する情報が除去・加工された、安全な環境でデータ分析できる仕組み)を活用しながら、美容関心層や競合関心層に親和性の高いアフィニティー(親近感・好意度)を探してセグメントに追加した。また、一定期間にユーザーが広告に接触する平均回数をコントロールしながら、リーチの最大化を図ることができた。
その結果、以前に比べてCTR(クリック率)の向上が見られたほか、CPC(クリック単価)が低下して、リーチの質的拡大という狙い通りの成果を得ることができたという。
<課題と解決策(2):ブランド広告からの脱却とパートナーシップ広告の強化>
これまでブランド広告がメインだったクレ・ド・ポー ボーテでは、パートナーシップ広告(クリエイターとのタイアップ広告を、広告主が配信に利用する広告。旧ブランドコンテンツ広告)の割合はわずか1%程度だった。
しかし、同じようなブランド広告のアセットにSNSで接触を繰り返しても、態度変容が生まれないどころか、離脱される懸念すらある。パートナーシップ広告を増やして、第三者視点を取り入れる必要があった。
そこで、毎月Metaから提出されていたInstagramのターゲットインサイトの情報を、クリエイティブ検討時に活用することに。Instagram上でクレ・ド・ポー ボーテに関して、どのような投稿がされており、どのように語られているのか、どんなコンテンツが響くのか、といった情報をクリエイターと握ったうえでコンテンツを制作してもらうようにした。
結果、パートナーシップ広告の割合は、1%から28%にまでに上昇している。
<課題と解決策(3):ブランドアイデンティティを守りながらクリエイティブの多様化を図る>
これまでクレ・ド・ポー ボーテでは、ブランドの品格と佇まいを一貫して伝えるため、グローバルのガイドラインを順守してきた。限られたコストの中で、さまざまな制約を守りながら、アセットのバリエーションを増やすのは、容易なことではない。
現在はMetaが提供するLLM「Llama」で抽出したインサイトをもとに、縦長クリエイティブの制作方法を模索している。Instagramのコレクション機能を活用して、既存アセットの見せ方に変化を出し、消費者の関心を集める工夫も凝らす。
すると、クレ・ド・ポー ボーテに対する好意度は、10.7ポイントアップ。これは業界平均の15倍だという。加えて、主力製品である美容液の実購入は5.3ポイント増加、ベースメイクの実購入も9.6ポイント増加するという成果を得られた。
エリクシール 獲得目的キャンペーンの成功ポイント
続いて、エリクシールの課題と改善策を紹介する。
<課題と改善策(1):ダイレクト広告を始めるための環境整備>
エリクシールではこれまでテレビCMも含むブランド広告への投資をメインに展開してきたため、EC購買の最大化を目的としたダイレクト広告へと急に切り替えようとしても、データの整備ができていない課題があった。具体的には、広告配信に活用するデータのバリエーションが足りず、EMQスコアが推奨を下回っていたことから、データを活用した最適な配信ができる状態にはなかったのだ。
徐々にこのスコアを改善し、当初の5.5点から8.1点に増加。無事、推奨ラインに到達することができたという。その結果、コンバージョン率は9%増、獲得単価は55%減という成果が上がった。
<課題と改善策(2): ASCを活用したキャンペーン設計とマーケティングコストの最適配分>
ダイレクト広告を本格的に始めるにあたり、どのように予算を振り分けて、マーケティングコストの最適化を図れば良いのかが分からなかったという。加えて、ダイレクト広告であってもブランドリフトには少なからず影響があると想定していたが、それがどれほどのものなのかも不明だった。
そこでMetaのAIソリューションを活用し、成果を重視した広告運用の効率化に取り組んだ。また、広告アカウントのブランドアンケートを活用して、ブランドリフトの計測にも取り組んだ。
結果、コンバージョン(購買)を目的としたキャンペーンであっても、広告想起は13.4ポイント増。購入意向は8.0ポイント増となり、ダイレクト広告がアッパーファネルに与える影響を数値で説明できるようになったという。
<課題と解決策(3):AIを活用した広告クリエイティブの多様化>
ダイレクト広告に注力するにあたり、クリエイティブを多様化させる必要があった。だが、そのためには、コストや工数がかかる。予算にも限りがある中で、どうやってアセット数を増やせば良いかと悩んでいた。
そこでエリクシールでは、広告のクリエイティブを、あしらい・コピー・商品素材・背景素材・構図といったレイヤーに分け、それぞれ複数の種類を掛け合わせることで、多様なバナーのタネを作成。さらにこれをAIツールにかけることで広告効果を事前予測して、無駄打ちを減らしながらクリエイティブの多様化を実現した。
「プラットフォームを提供する企業と代理店と資生堂の3社が円滑に連携できたことで良い結果につながったと思う。デジタルの時代にスピード感を持って施策を実行していくには、代理店やプラットフォーマーを巻き込んで、目線をそろえながら協業することが大事だと思う」(千葉氏)
「AIをうまく活用すればPDCAをもっと早く回せると実感した。今後も新しい取り組みにどんどんチャレンジしていきたい」(小暮氏)
この記事を読んだ方に 丸亀製麺の"感動”創造戦略
2025年3月期決算で、売上収益・事業利益・事業利益率ともに過去最高を更新した丸亀製麺。持続的な成長をつくる「感動創造」と「ブランド力向上」の本質に迫ります。本セッションでは、丸亀製麺の同質化しない唯一無二のマーケティング戦略とCX/EX戦略を紐解きながら、データサイエンスと感性を融合させた勝率の高い新しいマーケティングモデルの最前線を説明します。
- 講演「丸亀製麺の"感動”創造戦略 〜CXとEXのスパイラルアップが生み出す内発化〜」
- イベント「ITmedia デジタル戦略EXPO 2025夏」
- 2025年7月9日(水)〜8月6日(水)
- こちらから無料登録してご視聴ください
- 主催:ITmedia ビジネスオンライン
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
生成AIは、1日2500件の対応に追われるJR西「お客様センター」をどう変えた?
R西日本のお客様センターが、生成AI活用を強化している。このお客様センターを運営するJR西日本カスタマーリレーションズはこれまでも、東京大学松尾研究室発のAIベンチャーのELYZAと協業して生成AI起点で業務フローを見直し、オペレーターの業務効率化に取り組んできた。JR西日本のお客様センターでは、生成AI活用によって業務の効率化にとどまらず、VoC活用の可能性も広げているという。年6.6万時間削減 ジャパネット「コールセンター大改造」で得た数々のメリットとは?
年間18万件の「問い合わせ」を削減 ジャパネットとメーカーの切れない関係
年間4万件の「声」は、味の素「Cook Do」をどう変えたのか
「クレーム対応に追われてしんどい」といったイメージが根強いコールセンター業務。味の素は、消費者からの意見を活用し、商品開発につなげている。1問1答ではなく、「会話力」を重視する理由は?コンタクトセンターが多忙な「本当の理由」 チャネルが増えても、顧客の不満が減らないワケ
まざまな分野でデジタル化が進み、顧客との接点が多様化する昨今において、顧客体験価値(CX)の向上は、企業にとって重要な経営課題の一つだ。特にコンタクトセンターは、企業と顧客との関係をつなぐ役割として重要性を増している。