「CX」は特定の部署だけで取り組むテーマではない、これだけの理由:“掛け算”で強くする会社経営
「CX」は特定の部署だけで取り組むテーマではないのではないでしょうか? CXを全社で取り組むべき経営イシューと設定。あらゆる企業活動についてCXの視点を掛け算して取り組むことが重要です。
入江謙太
株式会社博報堂
CXクリエイティブ局 局長/HAKUHODO CX FORCE リーダー
生活者価値起点の顧客体験をデザインする博報堂のクリエイティブチーム「HAKUHODO CX FORCE」のメンバーが、「企業活動とCXの掛け算」をテーマにお届けする本連載。第一回は、企業がCXを”会社ごと・全社ごと”として取り組むべき理由について、同リーダーの入江謙太がご案内します。
皆さんは普段の業務の中で、顧客体験、Customer Experience、CXという言葉を日常的に使っているでしょうか? この記事にたどり着く皆さんなので、そんなの当たり前かもしれません。
そもそもCXとは何のことを指すのでしょうか? 商品のパッケージも、広告も、店頭販促も、価格設定も、アフターサービスも、Webサイトも、アプリも、ソーシャルメディアでの情報発信も……。どれも企業やブランドが顧客に提供する体験、すなわちCXと言えるでしょう。顧客のいないビジネスなんて存在しませんし、ビジネスとは顧客からお金を頂いて利益を得るものです。だとすると、顧客体験を意識しないビジネス活動などというものは、本来あってはならないものかもしれません。
私たちが今回の連載を通じて皆さんにお伝えしたいことは、会社の中のどこかの部署で「CX向上」というテーマを設定するのではなく、CXを全社で取り組むべき経営イシューと設定し、あらゆる企業活動についてCXの視点を掛け算して取り組むことが重要だということです。
CX部門が新設されたものの、「ミッションが明確ではなくて困っている」「会社の中で存在感を出しにくい」という話を聞くこともあります。今回の連載ではぜひ、CX部門で奮闘されている皆さんにも読んでいただけるとうれしいです。
「CXを経営イシューに」 重要となる4つのキーワード
さて、今ブランドビジネスを成長させることの難易度が大きく上がっています。その背景には以下4つのキーワードがあります。
(1)プロダクトブランドからサービスブランドへ
(2)多様化し複雑化する顧客接点の統合マネジメント
(3)顧客との短期的な関係性から中長期的な関係性へ
(4)フロントエンドとバックエンドの連携
これらについて一つ一つ説明していきます。
(1)プロダクトブランドからサービスブランドへ
インターネットやソーシャルメディアが普及する以前、企業は商品を販売した「後」に顧客とコミュニケーションを取ることは難しかったのではないでしょうか。
例えば、自動車のような高額商品の場合は、専門のディーラーを設置し、販売員を配置して、車を販売した後も顧客と電話や手紙で連絡を取り合うことが可能です。一方、いわゆる消費財のような手ごろな価格帯の商品の場合、そこまでのコストをかけることは到底できません。
デジタルが発達し普及したことによって、顧客とコミュニケーションをとり続けるコストは劇的に低下しました。つまり、「プロダクトを販売しておしまい」ではなく、その後の顧客との関係性も含めた「サービス」を展開し、ブランドビジネスを成長させる重要性が増したのです。サービスそのものをブランドにする場合にしても、プロダクトがブランドを構成する場合にしても、「サービス」でブランドを作ることが重要だと考えられるようになりました。
(2)多様化し複雑化する顧客接点の統合マネジメント
顧客に対してサービスを提供する場所は広がっています。その全てを用意する必要はありませんが、Webサイト、アプリ、EC、ソーシャル、店舗、店頭、パッケージなど多岐にわたります。
それら全てを構築し、運営する企業側の負担は相当でしょう。また、企業が提供する各顧客接点を、企業側の思う通りに使い分け、使いこなしてくれる顧客もほとんどいないはずです。
ブランドの視点と顧客の視点の両方を健全に持ち、あるべき姿を描くことが何よりも重要となります。また、それぞれの顧客接点における顧客体験を一気通貫で提供できているか、ブランドの思想が反映されているかをマネジメントしていかなくてはなりません。
(3)顧客との短期的な関係性から中長期的な関係性へ
立ち上げた顧客接点は作って終わり、ではなく、作ったあともブラッシュアップしていかなくてはいけません。データやフィードバックを見ながら、ブランドの意図が反映されているかをチェックし、改善を続けることが重要となります。
日々アプリやWebサイトを運営する中で、「来週始まるキャンペーンをどのように伝えるか」「こんな面白い機能があったらいいんじゃないか」など、さまざまな修正や改変が行われていくものです。頭の中から企業やブランドの本来の目的が完全に忘れ去られることはないかと思いますが、目先のアクションに集中してしまうことがあるのも事実。気が付くと、短期的なインセンティブを届けるばかりで、顧客と中長期的に良好な関係を育むことができなくなってしまっているかもしれません。
顧客データから顧客のニーズを探り出し、それに応えていくことも重要です。顧客IDをどのような形で取得するか、顧客にどのようなサービスを提供するかは、当然セットで考えるものです。それができてはじめて中長期的な関係構築ができるものだと思います。
(4)フロントエンドとバックエンドの連携
これは事業部門とIT部門の連携と言い換えることもできます。当然、どちらの業務にも精通していることが最も望ましいですが、現実にはそんな“スーパーマン”はほとんどいません。
フロントエンドの顧客体験は、裏側を支えるデータ基盤やシステム連携によって生み出されます。その関係性を理解しない限り、「こんな顧客体験を作りたい」と思っても、そもそもそれが実現可能なのかどうか、実現可能だとしてもどれくらいの構築負荷と運用負荷が掛かるものなのかをイメージできないかもしれません。
事業部門とIT部門では、話す言葉も仕事の中で大事にする優先順位も、仕事に対するモチベーションの持ち方も異なるものです。ただし、ブランドビジネスの成長、そのために必要な最良の顧客体験を作るという目的は共通のはず。その根底にある共通理解をベースに、お互いに協力して顧客体験を生み出すことが何よりも大切です。
「最良の顧客体験の提供」という共通目標を掲げて
ブランドビジネスを統括する人はこれら全体を踏まえて仕事を進める必要があり、成果を出すハードルは非常に高くなっています。もちろんその手前の、誰に何を提供するのかという商品やサービスの開発設計そのものや、広告コミュニケーション、営業チームとの関係性などは今まで同様に重要です。
事業部門を超えた多様なメンバーと、多様な業務領域を統合して大きな成果を生み出そうとするとき、「最良の顧客体験の提供」という共通目標をベースに考えることができれば、仕事は大きく前進すると思いませんか?
今の時代、ビジネス収益のために頑張ることを第一義に置かない社員も多いのかもしれません。ですが、この社会を生きる顧客の幸せや利益のために働きたいということを否定する人はいないでしょう。だからこそ、この「CX」という言葉が、あらゆるステークホルダーを巻き込む原動力になるはずだと、私たちは考えるのです。
今回の連載では、私がリーダーを務めている、生活者価値起点の顧客体験をデザインするクリエイティブチーム「HAKUHODO CX FORCE」のメンバーを中心に執筆を担当。博報堂が取り組む具体的な「企業活動とCXの掛け算」をテーマに、これから4つの記事を通じてお話ししていきます。
- EX×CX
業務システムやデジタルコラボレーションツールなどが発達して働き方が変わってきている中で、従業員体験(EX : Employee Experience)が重要視されています。当然ですが、EXも最終的に最良の顧客体験とブランドビジネスの成長を実現するために存在するものです。私たちが取り組む「CX視点のEX設計」についてお話しします。
- 商品開発×CX
単にプロダクトを開発するのではなく、中長期的な顧客との関係性も含めて商品開発をすることが重要になってきました。プロダクトブランドからサービスブランドへ、ということも手前でお話ししましたが、それと密接に関連するのは「商品開発×CX」の発想です。
商品は数年後も続くことを前提とすると、今の顧客だけでなく未来の顧客のニーズを妄想することが必要になります。そのような観点も踏まえた商品開発のメソッドを紹介します。
- データ活用×CX
数字の羅列でしかないデータから、いかに顧客のニーズやインサイトを発見するか──データサイエンティストの腕の見せ所です。顧客の動きをデータで把握し、それをもとに顧客体験のアップデートを行うサイクルをどのように作っていくべきか、詳しく解説します。
- 生成AI × CX
一瞬にして広まった生成AIですが、効率化や最適化の道具として活用するだけではなく、よりよい顧客体験を生み出すために活用することが大切です。博報堂は「バーチャル生活者」を提供し、CX向上の取り組みにおける生成AI活用を加速させていきます。
それでは、HAKUHODO CX FORCEがお届けする本シリーズ、どうぞご期待ください!
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