企業の生成AI活用 なぜ日本は米国に追い抜かれたのか?:PwCが日米の調査結果を比較
PwC Japanグループは日米両国で実施した「生成AIに関する実態調査」を基に、日本企業と米国企業における生成AIの認知度、活用状況、現状の課題を比較した結果をまとめた。
PwC Japanグループ(以下、PwC)は2023年の春から半年ごとに「生成AIに関する実態調査」を実施している。従来は調査対象を日本企業だけに限定していたが、2024年は4月に実施(6月に結果発表)した第3回調査に用いた質問項目を基に米国でも5月に調査を実施している。調査対象の母集団は、両国いずれも売上高500億円以上の企業の課長職以上で、社内の生成AI導入に対して直接的に関与している人たちだ(日本:912人、米国:300人)。
本稿では、PwCが2024年10月4日の記者向けのセミナーで解説した両国の調査結果比較について紹介する。
米国に追い抜かれた日本
生成AIについての社内活用の推進度合いについて、「活用中」または「推進中」と答えた日本企業は合計67%。一方で米国は91%だ。他社での活用事例への関心度においても「とても関心がある」の割合が非常に高い。
PwCコンサルティングが2023年に実施した「第27回CEO意識調査(日本分析版)」によると、生成AIが自社の業務に受け入れられているかという質問を国・地域別で比較すると、日本が50パーセントで1位だった。DXで大きな効果を出している企業が少ない一方で日本のリーダーたちは自社の将来における存続可能性について危機感が強い。そうした中で台頭した生成AIへの期待が高かったことが背景にあるとPwCは分析している。また、テキスト系生成AIはドキュメントを多く扱う日本独自の企業文化と相性がいいこともあるという。実際、PwCのグローバルネットワークの中でも、 生成AIの具体的なユースケースの企画や技術的な検証については、日本の事例が多いそうだ。
しかし、初動は非常に早かったものの、2024年春の調査結果を見る限り、推進中以上のステータスでは米国に追い抜かれてしまった。
生成AIの認知状況については、日本では一部有名サービスに偏るロングテール構造が見られる。対して米国では他のサービスも広く認知されていることが分かった。米国ではGPTやAzure関連以外の認知度は日本に比べ16ポイントも高い。
生成AI推進で直面した課題にも日米で違いが出た。 日本では人材や知識面での不足が大きな課題として挙げられている。米国にも同様の課題はあるものの、 日本と比べると技術活用のリスクや周囲から理解など、運用面の課題も同じくらいある。検討や企画段階から足踏みが続く日本との差が明確になった。
生成AIに期待するものの違い
生成AIを使った効果が「期待を大きく上回っている」と回答した企業は日本が1割弱であるのに対し、米国では33%の企業がそう答えている。
生成AIの活用効果が期待を大きく超えるケース、期待未満のケース、いずれにおいても日本では全社活用の割合が非常に大きい。IT部門が中心となってCoE(中核となる精鋭チーム)を組成し、 全社で使える共通基盤を整備した後に、事業部門で個別のユースケースに進んでいくパターンが多いことが見て取れる。 一方、米国は全社活用の割合が低く、営業やマーケティング、バックオフィスなど、それぞれの用途に特化した生成AI活用に進んでいくという傾向が見えてくる。特に「顧客接点業務」(70%)や「経営企画・戦略企画系」(51%)など、企業の成長や顧客対応に直接関連する部門における生成AIの活用が進んでおり、これらの部門では期待を大きく超える効果が出ている。
「ガバナンス」への向き合い方
生成AIの活用効果が期待以上の成果を出した理由は、日本と米国いずれにおいても「ユースケース設定」がトップになっている。日米の差が出たのは「生成AIガバナンスの整備」を成功要因として挙げた割合で、米国が4%に対して日本は1%だった。
生成AIのリスク対応に対して具体的に行っていることとしては、「ファクトチェック」「コンテンツの有害性・文法エラーの検出」「コンテンツフィルターの利用」「防御的UXの整備」など。 ここで注目すべきは日本の集計結果の一番下にある「実施していない」という回答が20%もあることだ。米国は社外に対しても生成AIを活用している側面があることから、既にリスクチェリスク対策やガバナンスの整備、 具体的な対策は必須になっており、「実施していない」という回答は3%しかない。
コスト削減か成長の原動力か
日本と米国で、生成AIの活用効果をどのような指標で評価しているか質問すると、いずれにおいても1位になったのが「生産性」だ。しかし、日本では次点が「工数・コスト」であるのに対して米国では「顧客満足度」になっている。 米国では生成AIを活用したことによって顧客エンゲージメントを向上させ、将来的なアップセルにつなげることを指標として捉えていることがうかがえる。
生成AIで生まれた効果で社員の業務がどのように変化したか聞くと、日本と米国いずれも「上流かつ創造的な業務または新規事業にシフト」が最多となった。次点として、日本では「人手不足の解消」が挙がったが、米国では「生成AI活用により新たに生まれた仕事にシフト」が挙がっている。具体的にはガバナンスやプロンプトのチューニング、生成AIに適したデータの整備などの役割に注力していると考えられる。
日本企業が進むべき道
日本の生成AIの活用対象業務は既存業務かつ社内業務がメインで、対策を打たずともリスクが許容できる社内×既存事業にしか生成AIを活用せず、結果として大きなインパクトが出せていないというのが現状だ。
対して米国企業はコスト削減だけではなく、トップラインを上げるだけでもなく、新たな顧客体験や顧客満足度を向上させるところに生成AIを使っていこうとする傾向が強い。人間がこれまでやってたことの代替でなく、生成AIだからこそできることで新たな体験を生み出すことが、結局は競争優位性や価値創造につながると捉えている。社外への活用にも目を向けているからこそ、オペレーショナルなレベルまで具体的にリスク対策を講じ、事業部門と管理部門で協力してガバナンス体制も整備している。
PwCは日本企業に向けて以下の3つの提言をしている。
- 挑戦する意欲のある人材に予算と権限を与えて推進を
- 適切なリスク分析と具体的な対策の検討を
- 生成AI活用によりマネジメントを高付加価値業務へ
新しい技術に意欲的かつ好奇心を持って取り組める人材の活躍を促し、100%の精度を追い求めるのではなく失敗しながらノウハウを蓄積できるよう、リスク対策を講じつつ新しい顧客体験を生み出すことが重要だ。マネジメント層にも変化が求められる。多くの事務作業に追われているだけでは短期的な企業価値の維持にしかつながらない。本来マネジメント層がリソースを割くべき戦略立案や高付加価値業務にシフトできるよう、生成AIを積極活用していくよう、意識変革が必要だということだ。
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