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Disney飛躍の立役者ボブ・アイガー氏が語る 「積み上げてきた価値を『崇拝』せず『尊重』せよ」「INBOUND 2020」レポート(2/2 ページ)

The Walt Disney Companyを巨大メディア企業に成長させた前CEOのボブ・アイガー氏が、レガシー継承と拡大戦略の両立について語った。【訂正あり】

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多様性への思い

 セッション冒頭でアイガー氏は、2020年8月に死去した俳優チャドウィック・ボーズマン氏を悼んだ。ボーズマン氏は大ヒットした映画『ブラックパンサー』でMCU(Marvel Cinematic Universe:Marvel原作のヒーロー映画の実写版)初のアフリカ系ヒーローを演じたことで知られる。アイガー氏は「この映画の力は、人々が映画の中に自分自身の姿を見つけ、心を動かされるところにあった。チャドウィックは実生活での人柄も素晴らしく、映画と同じように彼自身が特別なキャラクターだった」と振り返る。

 アイガー氏の人種間平等への思いは強い。アイガー氏は『ブラックパンサー』の大ヒットを共有したボーズマンとの信頼関係だけでなく、NBA選手会長の黒人選手クリス・ポールとも良好な関係を築いている。黒人に対する暴力や差別の撤廃を訴える抗議運動「Black Lives Matter」の渦中ではDisneyの全社員向けにメッセージを送り、会社として反人種差別の立場を明確にした。「この国の多くの黒人に恩返しをするために何ができるか、長い間考えてきました。Disneyの会長として会社をそのように方向付ける役割を果たすのはもちろんですが、誰かを助けるために自分の時間を使うことの大切さに、この年になって気付きました」

 アイガー氏個人の思いだけでなく、Disneyはここ数年、作品の中でも多様性を重視している。アフリカ系ヒーローの『ブラックパンサー』以外にも、古代中国を舞台に女性戦士の活躍を描いた『ムーラン』やメキシコの少年が主役の『リメンバー・ミー』を制作し、いずれも大ヒットとなった。これまであまり光が当たらなかった人種や民族に光を当てることは、経営をする上で大切にしている考え方にも共通する。

【訂正】2020年10月17日午後1時02分 初出時に多様性を重視した作品例として『ワンダーウーマン』を挙げていましたが、同作品はディズニーによるものではありませんので一部文章を書き換えました。

 「私たち自身が会社の内側に目を向け、会社が名もなきグループの代表者にあふれている事実を確認することはとても重要です。カメラの前でも後ろでも、多様性とインクルージョン(包容)は不可欠であり、そのためには会長の私だけでなく、新CEOのボブ・チャペックをはじめとする経営陣が全力で取り組まなければなりません。自分たちの欠点を学び、改善していくためには、とてつもない努力が必要になるでしょう」


インタビュアーを務めたヴァン・ジョーンズ氏

レガシーとイノベーションのバランス

 こうした多様化を実現する要因の一つが、PixarやMarvelの買収によるコンテンツの拡充だ。並行して進めた動画配信サービスへの参入も、Disneyの新たな一歩となっている。ディスラプションともいえるこうした挑戦と、創業時からのブランドを継承していく使命の両立について、アイガー氏は次のように語った。

 「Disneyは1923年に、ウォルト・ディズニーと彼の兄弟によって設立されました。その時代から現代まで世界は絶えず変化し続け、特にこの10年はこれまでに経験したことのないような変化を目の当たりにしています。今と全く違う時代に設立された偉大なブランドや企業を守っていくときには、創業時に求めた企業価値の本質が何であり、それがどのように存在していたかを見極めることが非常に重要です。そのためには、レガシー(遺産)とイノベーションのバランスを取る必要があります。しかし、多くの企業はレガシーを維持しようとするあまり、現在や未来に十分に適応できていません。自分たちの過去が、自分たちの未来を邪魔することがあってはならないのです」

 言うまでもなく、Disneyには創業時からの成功の積み重ねがある。これについてアイガー氏は、過去を尊重(respect)することと崇拝(revere)することの違いを次のように説明する。

 「Disneyが創業時から成功してきたのには理由があり、そのような過去を尊重することには意味があります。しかし、尊重を通り越して過去を崇拝してしまうことは、革新や進化とは対照的に、過去のままでいようと努力してしまうことにつながります。私がCEOに就任した当初、会社には創業時から今日まで受け継いできた価値観が浸透していましたが、その価値観をより適切な方法で世の中に発信する必要があると考えました。コアバリューを放棄することなく、全ての物語に同じ価値観を取り入れながら、その見せ方をより現代的な方法にしていく必要があると考えたのです。その一例が『ブラック・パンサー』の多様なキャスティングであり、Pixarの革新的な作画技術です」

 こうした考えの下、異なる企業文化が衝突するリスクをものともせず買収による拡大戦略を進めていくエンジンとなったのは、品質とブランドに対するアイガー氏の信念だ。

 「消費者の選択肢が爆発的に増えるこれからの時代においては、品質の追求が賢明な選択であることは明白でした。そのためには、名前を聞けば反射的に体が反応してしまうような、ブランドの力が重要になると考えたのです。Pixar、Marvel、スター・ウォーズにはそうした価値がありました。実際、私はCEOに就任した最初の取締役会でPixarの買収を提案しました。最初の会議でいきなり74億ドルの小切手の話をすることは、他の新任CEOにお勧めできませんが(笑)」

「全てを自分たちでできる」と過信しない

 アイガー氏が買収前からイメージできていたという「PixarやMarvel、Lucasfilmのキャラクターたちが、Disneyの体験の中に一緒に立っている姿」は「Disney+」の中で現実のものとなっている。だが、動画配信サービスの領域において、Disneyは明らかに出遅れていた。後発である「Disney+」が成功した要因であり、これから変革を起こそうとしている会社に伝えたいこととしてアイガー氏が強調するのは「自信過剰になるな」ということだ。「実際に私たちは、全てを自分たちでできると過信せずに、ポッドキャストのStitcherや動画配信のBAMTechなど、提携や買収によって新たな技術を取り入れていきました。それが『Disney+』や『ESPN+』(Disneyが所有するスポーツ中継の動画配信)の足掛かりになると知っていたからです。幸いなことにそれらの会社から加わった素晴らしい人材は、もともと当社にいた優秀な技術者たちとの素晴らしいパートナーシップを築いてくれました。彼らのおかげで、Disneyは非常に難しく新しい分野での成功を収めることができたのです」

 世界で最も有名な企業の一つであるDisneyを、CEOとしてメディア産業のリーダーに成長させたアイガー氏。セッションの最後に、一人の経営者としてぶれない軸を持つための方法を次のように話した。

 「家族や友人という人生で最も重要な人々のおかげで、DisneyのCEOになる前の自分と今の自分が同じ人間であることを忘れずにいることができます。実際すでに私はCEOではなく会長になりましたが、いつかその肩書もなくなり、一人の市民としてごく普通の生活に戻る日が来ることを常に心に留めています。何よりも大切なのは、ハングリーでありながら、謙虚でいることです」

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