SAPが80億ドルで買収したQualtrics、メルカリも活用するXM(Experience Management)とは:エクスペリエンスギャップを埋める
2019年1月、SAPはアンケート調査ツールを提供するQualtricsを80億ドルで買収した。「SAP NOW Tokyo 2019」で明かされたその戦略的意図とは。
SAP日本法人のSAPジャパンは2019年7月11日、顧客向け年次イベント「SAP NOW Tokyo 2019」を開催した。同イベントを締めくくる基調講演には、SAPジャパン代表取締役社長の福田 譲氏とQualtrics日本法人のクアルトリクスでカントリーマネージャーを務める熊代 悟氏、メルカリ執行役員メルカリジャパンCEOの田面木 宏尚氏が登壇。「Intelligent EnterpriseとXデータで、社会的意義のあるイノベーションを、日本に」をテーマにそれぞれが語った。
CXだけが体験ではない
SAPは2019年1月、オンラインアンケートを軸にした「エクスペリエンスマネジメントプラットフォーム」を提供するQualtricsを、SAP史上最高額となる80億ドルで買収している。福田氏は冒頭、「今日の会場では『XM(Experience Management)』という言葉が目に付いたと思う」と述べ、SAPがQualtricsを買収した理由を示すキーワードを挙げた。
XMとは、顧客や見込み客のみならず、エンドユーザーやパートナー、サプライヤー、投資家、従業員、その他一般市民に至るまで、あらゆるステークホルダーに対して組織が提供するエクスペリエンス(体験)を向上させる取り組みを指す。
エクスペリエンスと聞くとカスタマーエクスペリエンス(CX:顧客体験)を真っ先に連想するところだが、Qualtricsが意識するのはCXだけではない。同社が提供する製品は「顧客」「従業員」「ブランド」「プロダクト」の4分野の体験向上をサポートするのが特徴だ。
熊代氏は「エクスペリエンスはソーシャルメディアや口コミを通して拡散しやすい。その裏側にある感情のマネジメントの重要性が高まっている」と語る。
Qualtricsが特に得意とするのが、NPS(ネットプロモータースコア)と呼ばれる指標の測定である。NPSは、戦略コンサルティングファームであるBain & Companyのフレッド・ライクヘルド氏をリーダーとするチームが開発したものだ。「0〜10点で表すとして、○○を友人や同僚に薦める可能性はどのくらいありますか?」というシンプルな質問に対する回答で、ブランドなどに対するロイヤルティーを測定する。
今日、ほとんどの企業で課題となっているのが、ステークホルダーとの間にいかに良好な関係を築けるかということだ。Bain & Companyが米国企業を対象に実施した調査では、顧客や従業員に対して素晴らしい体験を提供していると回答したCEOは8割であった。一方、顧客や従業員で実際に素晴らしい体験をしていると回答した人はわずか8%。熊代氏は体験を提供する側と受け取る側の認識の差を「エクスペリエンスギャップ」と呼び、Qualtricsはこのギャップを埋めるためのツールを提供していると解説した。
「Oデータ」と「Xデータ」を合わせた分析で見えてくること
体験の質を高める最も効果的で簡単な手法とは、顧客や従業員の声を積極的に収集して分析し、改善アクションの実行を日常的に行うことだとQualtricsは主張する。しかし、ここでよくある悩みが、NPSを含むアンケート調査は結果が分かるまでに時間がかかり、改善アクションの実行が後手に回ってしまいがちなことだ。
そこでQualtricsは企業が迅速に体験のPDCAを管理できる環境を提供している。SAPファミリーの一員となったQualtricsの製品では「Oデータ」と「Xデータ」の2種類のデータを分析対象にできるという。
- Oデータ:何が起こったのかを理解するためのオペレーショナルデータであり、営業、生産、財務、人事、顧客、製品に関するものなどが該当する。
- Xデータ:なぜ起こったのかを理解するためのエクスペリエンスデータであり、顧客満足度、従業員エンゲージメント、製品満足度、ブランド認知度に関するものなどが該当する。
2つのデータを組み合わせて分析すれば、それぞれ単体だけの分析よりも深いインサイトが得られる。例えばOデータから売り上げが鈍化していること、Xデータからはその原因がNPSの低下にあると分かったとしよう。2つを組み合わせて「店舗のレジ待ち時間が長い」というインサイトを得たら、「セルフレジの導入」という改善アクションを導き出すことが可能になる。
また、これまではある製品についての満足度というとき、「満足度の高い顧客がどの程度の割合を占めるか」という程度の粒度でしか把握できていなかったが、これからは営業が持つ顧客データと組み合わせて「年商1000億円の企業のうち、満足度が高い顧客はどのくらいいるか」といった詳細が分かるようになる。改善のためのアクションプランをより確度の高いものにできるであろう。
メルカリの成長の裏側にCXとEX両方のデータ活用
2019年7月現在、Qualtricsユーザーはグローバルでは1万社を超える。2018年1月の日本法人設立から約1年半で国内ユーザーも約100社に達した。熊代氏は講演の中で2社の事例を紹介した。
1つがBMW Groupの例である。同社はグローバルでNPSを測定している。Qualtrics導入後は、ディーラー訪問、試乗、購入、メンテナンスなどのカスタマージャーニーの各接点でNPSを測定し、結果を全社で共有している。もし低いスコアが返ってきたら、担当者にアラートが即座に通知され、48時間以内にフォローするワークフローが出来上がっている。
もう1つの事例が、CXだけでなくEX向上のためにQualtricsを導入したメルカリだ。現在のメルカリの従業員構成は30%を非日本人が占め、40カ国以上の出身者が在籍するなど、採用のダイバーシティーが進行中である。田面木氏は「CXとEXの両方のデータを活用したことで、ここまで成長できたと思う」と語る。
今でこそ個人間で中古品を売買することは当たり前になったが、メルカリではアプリを理想的なものにするための継続的な開発でCXを重視している。加えて、世界市場における競争力を強化するには、グローバルで多様な人材獲得が必須であると考え、EXにも注力してきた。具体的には「メルパルス」と「マネパルス」という2つのサーベイ結果をQualtrics上で管理し、これらに基づく改善アクションの実行を継続的に進めている。
メルパルスは個人の現状を把握し、組織のあるべき姿とのギャップを明らかにするためのサーベイで、年2回実施する。組織の健康診断のようなもので、7カテゴリー54の質問から成る。Qualtricsのダッシュボード上では、現在の組織の優れている領域と改善が必要な領域を過去のデータを含めて見ることができる。会社全体としてはもちろん、Oデータの部門のデータと組み合わせ、部門としての改善領域を把握することもできる。
マネパルスは管理職の現状を把握するためのサーベイで、四半期ごとに実施する。日本の企業では管理職がメンバーを評価するのが一般的だが、このサーベイではメンバーが管理職の強みと弱みを評価し、継続的な改善でビジネス成果の最大化につなげることを狙う。管理職は自分のスコアを見て、どの項目をメンバーが課題と感じているかを把握する。メンバーからの口頭でのフィードバックもある。オープンな議論を通じて得た気付きをチーム方針と照らし合わせ、チームとしてのパフォーマンス改善を図るのだ。
日本企業はとかくCXだけに焦点を当てた施策を展開しがちだが、メルカリはCXとEXは表裏一体であることを理解した上で施策を展開している。Xデータは一度収集すれば終わりではない。田面木氏は「サービスを作るのは従業員」と話し、CXかEXかを問わず、Xデータは定期的に見るべきと訴えた。
OデータとXデータを組み合わせたインサイトから実際に改善アクションを実行すると、その結果が新しいOデータに変わる。「このループを作ることが重要」と福田氏は話す。
Qualtricsは18億のエクスペリエンスタッチポイント、SAPは全世界で77%のトランザクションデータを持つのが強みであり、両社が一つとなったことで、それぞれの強みをさらに強化できるだろう。
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