リクルートのデジタルマーケティングで学んだオンラインの限界とブランディングの重要性――板澤一樹氏:前編:山口義宏がマーケティング賢人と語る(1/2 ページ)
気鋭の戦略コンサルタントがマーケティング領域のエキスパートと語る対談企画がスタート。第1弾は元リクルートジョブズ執行役員(デジタルマーケティング担当)の板澤一樹氏を迎えてお届けする。
ブランディングに特化した戦略コンサルタントとしてITmedia マーケティングでもおなじみインサイトフォースの山口義宏氏が、2018年3月に新著『デジタル時代の基礎知識『ブランディング』 「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール』(翔泳社)を上梓した。ブランド戦略を市場競争力強化のためのアプローチと位置付け、それを普通のビジネスパーソンでも読める平易な文章でまとめた同書は販売も好調で、現在3刷を重ねている。
今回、山口氏はマーケティング領域のフロントランナーとして活躍する4人のエキスパートに呼び掛け、書籍の内容を踏まえつつ、出版の狙いの1つでもあった「マーケターの成長と育成」をテーマに、各氏と対談した。本連載はそのエッセンスをお伝えするものである。
最初のゲストは、元リクルートジョブズ執行役員でリクルートグループのデジタルマーケティングを長きにわたってけん引してきた板澤一樹氏だ。
板澤一樹氏
東京大学大学院学際情報学府修了後、2007年リクルートに入社。全社のデジタルマーケティングを統括する部署で戦略策定に従事。その後、リクルートジョブズで「タウンワーク」「フロム・エー」などのマーケティング全般を見るようになる。企画から担当したLINEのbotアカウント「パン田一郎」は1700万以上のユーザーを獲得し、2015年に「グッドデザイン・ベスト100」に選出される。また、担当したテレビCM「バイトするならタウンワーク」シリーズは2016年度CM好感度ランキング(CM総合研究所)においてトップ10にランクイン。2016年同社執行役員(デジタルマーケティング担当)に就任し、2017年3月に同社を退社。著書に『Work in Progress デジタルマーケティングで大切なこと』(翔泳社)。
何のためのブランディング?
山口 2018年3月に私の著書が発売される少し前に板澤さんと私の共通の知人から、同じタイミングで同じ版元から、アプローチは違うけど結果的に内容の近い本が出ると聞きました。それが『Work in Progress デジタルマーケティングで大切なこと』(翔泳社)であり、その著者が板澤さんだったというわけです。その共通の知人を通じて初めて板澤さんにお会いしたのはまだほんのちょっと前のことでが、確かにお互いが考えていることに共通する部分が多いと感じました。
板澤 お目に掛かるのは今回がまだ3回目ですが、共通の知り合いが多く、出会ったばかりの人という気がしません。おっしゃるように考えも似ていて、山口さんの本で書かれていることが、本当は私が書きたかったことだと思うくらいです(笑)。
山口 私の大きな問題意識として、ブランディングをふわっとしたイメージや理念だけの話として見る風潮を何とかしたいというのがあります。「ブランディングだから目先の成果は追えなくてもしょうがない」という考えに強烈な反発意識があるんですね。実際にコンサルティングでいろいろな企業を支援している中で、ブランド力の高低や認知の差は、コンバージョンを大きく左右する重要なパラメーターだと実感していますから。もちろん、長期で見なければ成果が出ないこともたくさんあるのですが、ブランディングを何のためにやるのかということでいえば、時間軸が違うだけで、顧客獲得コストを下げるためにコンバージョンレートを上げ、エンゲージメントを強化してLTV(顧客生涯価値)を高めるためだと明確に申し上げたい。理念としてのブランディングは否定せず、そのアプローチも併用しますが、顧客がマーケティング施策と接したときにパフォーマンスを底上げするための仕組みがブランド力というのが、私の立場です。一方で、板澤さんはもともとブランド戦略の推進を立脚点としているわけではなく、デジタルのチャネルでリアルタイムにコンバージョンを追ってこられたわけですよね。ご自身の中でブランドというテーマが浮上されたのはどういうきっかけからでしょう。
板澤 リクルートでは成果地点がオンラインにあるものを担当してきたので広告などの施策も当初はデジタル中心でやってきたのですが、2012年にリクルートジョブズに移って「タウンワーク」「フロム・エー」などの求人メディアを担当するようになって、オンラインの広告だけでは集客に限界があると考えるようになりました。求人サイトの売り上げの多くは求人情報の掲載料から挙がるB2Bモデルです。しかし、掲載企業を集めるためには、媒体に仕事を探しに来る人が集まっていなくてはいけません。つまり、戦略的にはまずB2Cでマーケティングをしっかりやることが、結果的にB2Bの成果につながるのです。マーケティングをオンラインだけで考えていては、限界がある。
山口 限界というのはリーチの限界ということでしょうか。
板澤 それももちろんありますが、何よりブランディングに効果のないオンライン広告が多いことが、実際の数字を見ても明らかでした。オンライン広告はクリックして遷移し、その先のページを見て初めて態度変容が起きる性質が強いことが分かってきたのですが、そうなると広告そのものは単なる誘導の手段でしかありません。そこで、せっかくお金をかけるならオンラインだけでなくオフラインのコミュニケーションをミックスし、広告そのもので態度変容が起きるような施策ができないかと考えるようになりました。
山口 デジタルだけでは量的にも質的にも問題があるから、同じ対価を投下したり追加で投下したりするなら、そこでブランディングをしっかりやりたいと思ったのですね。
板澤 当時はブランディングというキーワード自体はそれほど意識していなかったかもしれないけれど、結果的にはそれの重要性に気付いてブランディングのKPIを組織の中に組み込み、PDCAサイクルを回していきました。もちろん、ブランディングの成果がすぐにコンバージョンにつながるとは限らないので、中期的な指標として。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 山口義宏が聞く「ブランデッドムービーの現在」(後編):別所哲也氏と考える、ブランディングの必要性を経営者に納得させる方法
「Branded Shorts」をプロデュースする俳優の別所哲也氏と戦略コンサルタントの山口義宏氏による異色対談。後編では、ブランデッドムービーを作る上での課題とこれからの展望を語る。 - 山口義宏が聞く「ブランデッドムービーの現在」(前編):別所哲也氏と語る、ブランドが映画を作る意味
企業がコンテンツ、それも「映画」を作る理由とは何か。テレビCMと何が違うのか。「Branded Shorts」をプロデュースする俳優の別所哲也氏にブランド戦略コンサルタントの山口義宏氏が聞く。 - 山口義宏が聞く「最強ブランドのデジタル戦略」:日本コカ・コーラにしかできないこと――ブランドの価値から“本物”の体験を創造するデジタル施策とは
モバイル+自販機で展開する日本コカ・コーラの新デジタル戦略について山口義宏氏が斬り込むインタビュー企画の後編。最先端の施策で同社が目指すものとは何か。 - 山口義宏が聞く「最強ブランドのデジタル戦略」:「コカ・コーラ パーク」から「Coke ON」へ、日本コカ・コーラがモバイル+自販機で打つ次の一手
会員数1300万人の「コカ・コーラ パーク」を2016年12月21日で終了する一方、自販機と連動するアプリ「Coke ON」を軸に展開する日本コカ・コーラの新たなデジタル戦略とは?