本田哲也×佐藤尚之:「人が動く」とはどういうことか? コミュニケーションのプロと語る:【連載】戦略PRが世界を動かす 第2回(1/2 ページ)
インターネットとSNSの浸透で個々人の興味はさらに細分化されていく中、企業はどのように消費者とコミュニケーションすべきか。戦略PRのプロとコミュニケーションのプロが語る。
情報洪水と商品飽和の時代において、単に商品のスペック推しや価格訴求だけでは消費者に購買活動を促すことができません。消費者に「買う理由」を訴求するにはどうすればいいか。2017年4月に出版された『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、消費行動を変容させる情報戦略について書かれた1冊です。
本連載では、同書の著者であるブルーカレント・ジャパンの本田哲也が、各界のプロフェッショナルと「戦略PRとは何か」について語ります。
第2回のゲストは、コミュニケーションディレクターで「さとなお」の愛称で知られるツナグ代表取締役の佐藤尚之氏。電通でコピーライターやCMプランナー、Webディレクターを経てコミュニケーションディレクターとして独立した、この分野の第一人者です。キャンペーン全体を構築する仕事に従事する佐藤氏の目に、戦略PRはどう映るのでしょうか。
本対談は、2017年5月23日に青山ブックセンター本店で開催されたトークイベント「佐藤尚之と本田哲也の『人が動くってどういうことだろう?会議』」の内容を基に構成しています。
マツコ・デラックスに影響される人、されない人
本田 今回の書籍を書いたきっかけは、ソーシャルメディアなんですよね。2009年から2011年にかけてソーシャルメディアが台頭しました。ビフォアソーシャルメディアとアフターソーシャルメディアで、PRだけでなくさまざまなコミュニケーションが変わりました。これを1度整理したいと思ったんです。
佐藤 本当ですね。僕はもともと電通の出身ですが、今の若い人と話すと「広告でモノが売れる時代があったんですか」って驚く人もいる。
本田 さとなおさんの代表作でもある『明日の広告』(2008年)の中にもありましたが、ビフォアソーシャルメディアの時代は「お茶の間」というものがありました。家族が一堂に集まって同じ情報を享受していたわけですから、企業はマス広告を使って消費者にメッセージを送りさえすれば、それが購買につながりました。しかし現代は個々人が主体的に情報を選ぶようになっています。こうした時代には、広告的な一方通行のメッセージに対して反感やネガティブなイメージが生まれやすい。そんな中で、「人を動かす」というより「自発的に動いていただく」ために、戦略PRの重要性が増していると思います。
佐藤 実は、僕の考えは少し違うんです。そもそもここで「人を動かす」というときの「人」って誰を指しているんでしょうか。世の中には、社会的合意形成ができるタイプの人とできないタイプの人がいると思うんです。例えば、東京で働いていて常にスマホを持って自発的に情報を収集していて……という人とは、合意形成がしにくいと思っている。今日の参加者の中で、テレビでマツコ・デラックスが薦めていたからという理由で商品を買ったという人はいますか(参加者約100人のうち、挙手は1人)。はい、これが東京で、しかもわざわざ仕事外の時間に学びに来る人の反応です。でも、地方に行ってみるとどうでしょう。親の世代に聞いてみるとどうでしょう。恐らく同じ質問に対して、会場のあちこちから手が挙がります。実は、日本でネットを活用している人は、大体3000万〜4000万人しかいないと思っています。
本田 意外と少数派であると。
佐藤 メールやLINEやソーシャルゲームはやってますよ。でもネットを活用して情報摂取行動している人はその程度かと。例えば月に1回以上検索する人って、2014年時点で5200万人しかいないんです。SNSも、Twitterの月間アクティブユーザー(月に一度以上使う人)は2016年12月時点で約4000万人ですが、ニールセンの調査によるとSNSの場合、2割のヘビーユーザーが8割の総利用時間を占有しているんですね。いわゆるパレートの法則(80:20の法則)と一緒ですね。つまり、Twitterでは800万人のヘビーユーザーが総利用時間の8割を占めていることになります。Facebookの月間アクティブユーザーは約2700万人なので、ヘビーユーザーは約500万人。インスタだと300万人程度でしょうか。そもそも、スマホユーザーも全体ではやっと6000万人に届いたところで、全員が持っているわけではありません。
本田 東京だけ見てるとそう見えますが、違う。
佐藤 さらに、そのうち大半のライトユーザーは月に1回以上使うアプリが4つくらいしかないんです。たぶん、LINEとGoogleMapとソーシャルゲームと……。あと、スマホからGoogleサーチする人って、実は月間2500万人くらいしかいないんですね。つまり、自分から情報を取りに行く人って、実は3000万〜4000万人……もいるかなというくらいの見立てになります。逆に、テレビなどのマスメディアをよく見ている人は、いまだに7000万〜8000万人もいるんです。東京にいると、この感覚はないですけどね。この人たちに対しては、戦略PRで社会的合意を形成して購買につなげるということができると思いますが、ネットをよく活用している人たち、例えばこの会場にいる人のように情報を自分から取りに行く層は、情報を自分で取捨選択していて、自分で情報の裏を取ったりもする。それぞれが接触している情報のタイムラインが全く違う。そういう人たちと社会的合意を形成する、つまり「大きな空気を作る」ことはできないんじゃないでしょうか。
本田 確かに、昔は大きな空気ってありましたよね。でも今は、大きな空気の中に小さな空気の塊のようなものがあって、ミルフィーユのように「空気の細分化」が行われているように思います。でも、PRってもともとの発想としては、特定の利害関係がある人に合わせて、適切な情報発信していくものでした。空気が細分化されているのであれば、より戦略PRが効果的とも言えますね。
佐藤 受け手がどんな人物でどんな趣味嗜好かをある程度無視しても成立していたマスマーケティング時代が、ある意味異常だったのかもしれないですね。そう考えると、細分化されている現代の方が、むしろ正常といえる。『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』には6つの法則が書かれているわけですが、「大きな空気」の方に働きかけたいのか、「細分化された特定の空気」に働きかけたいのかで、使う手段が変わってくると思います。
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