第5回 IOTで変わる私たちの暮らし――ヒト/モノ/データの新しいつなぎ方:【連載】IOT(Internet of Things)時代のブランドエクスペリエンス(3/3 ページ)
ネットワークに接続されたデバイスが至るところにあるからといって、すぐに私たちの生活が便利になるわけではありません。「ユーザーにとってのよい体験」という利用者側の視点でさまざまなサービスを整備していかなくては、せっかくの技術も宝の持ち腐れになってしまいます。今回は、IOTとヒトおよびデータのつながりを設計する「ユーザーエクスペリエンス(UX)デザイン」をテーマにお話をします。
人と人をつなげるIOT
TwitterやFacebookが、自分と同じような興味や関心、生活をしている人同士をネット上でつないだように、現実世界で同じことを実現するのがIOTです。「Goji Smart Lock」はスマートフォンで家のカギを施錠/解錠できるシステムで、物理的なカギの受け渡しをしなくても、留守中のホームシッターや工事作業者、友人知人の出入りを安全に行うことができます。最近、話題になっているルームシェアサービス「Airbnb」を利用する時の問題の1つがカギの受け渡しとのことですが、このようなシステムを使うことで、カギ問題も軽減できそうです。将来的にはルームシェアサービスとキーロックデバイスが連動することで、スムーズな利用が実現できるはずです。
シェアといえば、自転車を一時的に利用できるサイクルシェアリングが、さまざまなところで導入されています。既存の自転車の後輪に取り付けることで、簡単に電動アシスト機能を追加できるデバイスとして話題になった「Copenhagen Wheel」は個人をターゲットとしたものですが、デバイスに搭載されている車輪のロック機能を利用すれば、サイクルシェアリングにも展開できそうです。デバイスにはさまざまなセンサーが搭載されていて、ログデータが蓄積されます。このデータを解析すれば、自転車利用者がよく利用している安全に走行しやすいルートといった情報を利用者にフィードバックすることもできますし、周辺の店舗や観光情報などを追加することによって付加価値を上げることもできます。APIも公開される予定なので、これを利用してCopenhagen Wheelユーザーとコミュニケーションするサービスも開発できそうです。
以上の2つの事例は、表層的には「カギのIOT」「自転車のIOT」と見えるかもしれませんが、ネットの中にあったソーシャルグラフを現実世界に拡張したサービスのタッチポイントと考えると、新しいコミュニケーションのかたちが見えてくる気がします。
新しい環境/社会をつくるIOT
デバイスとネットワークが遍在化することで、今後さらに利用拡大が見込めるのは、環境配慮のためのデバイスやサービスでしょう。Googleが買収したことで有名になった「Nest」は、住人の冷暖房の習慣とコストのバランスを最適化する学習型のサーモスタットですが、このアイデアをよりオープンにするべく、自社とパートナー企業の製品やサービスを連動させるプログラム「Works With Nest」が先日発表されました。参加企業には家電メーカーだけでなく、メルセデスベンツも含まれており、自動車で帰宅するまでの所用時間を計算し、住宅の冷暖房を調整するといったアイデアが披露されています。また、さまざまなネットサービスを組み合わせて、レシピと呼ばれる自分だけのアクションを作ることができる「IFTTT」も参加を表明しており、例えば、Facebookの自分の投稿に「いいね!」されたら、部屋の照明をフラッシュさせるといったアクションを作成することもできるようです。それが一体何の役に立つかはさておき、すでに100以上のネットサービスに対応しているIFTTTと、リアルな生活環境とのつながりの可能性は無限で、世界中のユーザーが日々シェアしている膨大なレシピの数を考えると、ここから省エネのイノベーションが登場しても不思議ではありません。
東日本大震災を契機に、放射線に関する話題が身近なものとなりました。日々の放射線量に注意して生活されている方は、行政機関が各所に設置した放射線測定器の数値を収集したWebサイトを、まめにチェックされていると思います。これを自分たちの手で作ろうという活動が「Safecast」です。「ビーガイギー(bGeigie)」というオープンソースのキットを購入し、組み立てるか、設計図をもとに自分で作るなどして、放射線計測のセンサーネットワークに参加にします。日本だけでなく、世界中で計測された放射線のデータは、Safecastのサイトでヒートマップとして見ることができるのはもちろんのこと、API経由でオープン化されているので二次利用も可能です。これまではこういった仕組みは政府や企業が主体となって構築してきましたが、自分たちが欲しいものを自分たちで作り、情報をオープン/シェアすることで、大きなプロジェクトになってゆく光景は、今のIOT時代を象徴する動きです。
オープン/シェアの流れが進むことによって、ユーザーが製品やサービスをカスタマイズする事例は「第4回 『考えながら、つくる』――ラピッドプロトタイピングが生み出す新しいブランド体験」でもご紹介しましたが、ユーザー自身が製品やサービスを作り出してゆくSafecastのような事例は、これまでの企業活動とは相反するものです。しかし、ユーザー自身が作り出したデバイスやサービスに対して、ブランドがどう寄り添い、ユーザーとのタッチポイントとしていけるかが、これからのブランドエクスペリエンスを設計する際の大きな課題になってゆくと思います。
IOTを新たなタッチポイントに
この記事でご紹介した事例を見て、「APIのオープン化でいくつかのデバイスがネットにつながっただけでは?」としか考えられないとしたら、とてももったいないと思います。そもそも、それだけ(APIを公開するだけ)では、けっしてサービスとしては成功しないでしょう。
ヒト/モノ/データがつながることでもたらされるブランドエクスペリエンスとはどのようなものか?
次世代のIOTサービスを考える上で、この視点はどうしても外せません。サービスやコミュニケーションをよりよくするために必要なデバイスのあり方とは何か? 次々と登場するデバイスが自社の製品やサービスとつながった時にどういう体験を提供できるか? という風に発想していくことで、私たちは、ユーザーとの真に新しい関係を作り出していけるのではないかと考えています。つまり、「IOTはブランド体験をユーザーとのタッチポイントとしてフィジカライズしたもの」としてコミュニケーションを設計するのが、IOT時代のUXデザインであると私たちは考えています。
寄稿者プロフィール
山崎晴貴 株式会社スパイスボックス プロトタイピングラボWHITE クリエイティブテクノロジスト/UXディレクター。大学院在籍中に行っていた数理造形、視聴覚の共感覚に関する研究と、大規模コーポレートサイト構築における情報設計/ユーザーエクスペリエンスデザインの経験を融合し、ラピッドプロトタイピングによる新しいブランド体験の開発に取り組んでいる。The Information Architecture Institute会員。
連載バックナンバーはこちら⇒【連載】IOT(Internet of Things)時代のブランドエクスペリエンス
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