人×AIで磨く ライオンの顧客理解の進化:「データと直感の融合」を目指して【後編】
大手消費財メーカーのライオンが、人と生成AIを融合した顧客理解と市場分析に取り組んでいる。その取組内容について、プロジェクトの担当者の話を交えつつ紹介する。
生成AIを活用して顧客像を捉えるとはどういうことなのか。具体的なユースケースを知りたいという声は当社マインディアにも数多く寄せられています。
当社は2024年10月13日に開催された日本マーケティング学会のイベント「マーケティングカンファレス2024」において、「データと直感の融合― ライオン × マインディアが描く生成AIを活用した顧客理解の未来像 ―」と題したセッションをITmedia マーケティングと共催しました。
今回はそこでうかがったライオン ビジネス開発センター マネージャーの米谷紘氏のお話を交え、ライオンにおける最新の生成AI活用の取り組みについて紹介します(聞き手は著者)。
「人と生成AIを融合した顧客理解」とは? 取組みの全体像を紹介
――プロジェクトの背景やマインディアと協業するきっかけなどを教えてください。
米谷 変化が早く複雑化する社会の中で、お客さまが抱える言語化されていない悩みや、実現したいことを十分に捉えきれていないのではないかと感じていました。お客さまの生活上の新しい課題を捉えるために活用されるデータも、これまでリサーチ部門が扱ってきたデータと比較し、データ量が格段に多くなってきていました。そのため、人手の作業だけでは難しい、捉えるべきデータ間の関係性、変化を掴むことにAIも活用し、リサーチャー×AIのハイブリッドで、お客さまの本音をより速く、深く捉えていく取組みとして今回のプロジェクトが始まりました。本ビジネス課題の解決に当たり、顧客インサイト起点でのマーケティングの知見とAIのナレッジの両方を持つマインディアにご相談をして、AIエージェントソリューション「Mineds AI」を使った取り組みが2024年にスタートしました。
まずは顧客理解のために、このプロジェクトに特化した大量のデータ取得と整備の仕組みを作りました。取得するデータはWeb上に公開されているデータが中心で、API接続で取得するデータもあります。さらに、マインディアが保有する商品情報、市場データも一部活用しています。
これらのデータをAIが解釈・分析しやすいように前処理をした上で知識データベースを構築しました。ちなみに前処理にもAIを活用しています。AIにとって見やすいデータをAIが整備しているという考え方です。
次に、この知識データベースを基に、AIエージェントを作成します。AIエージェントに関しては人間と共に働く存在という意味でサポートするAIアシスタントのような位置づけにしています。実際には個別に役割を担った複数のAIエージェントが同時に動くことになるので、「AIアシスタントチーム」と言った方が適切かもしれません。ここに、AIへの指示用のデータ、AIエージェントごとの役割をどう分けるかを指揮するオーケストレーションの仕組みを整えました。
最後に、AIエージェントとインタラクティブにやりとりをするためのUIを構築して運用するという流れになっています。下の画面はデモのイメージ画面で、実際にライオンで使われているものよりもかなり簡略化されていますが、最初に入力したシンプルなプロンプトに対して一定程度意図をくんだ結果が出力されていることに注目していただきたいと思います。RAG(Retrieval Augmented Generation:検索拡張生成)により、通常のLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)の事前学習だけではカバーしきれないデータに基づいているため、核心をついた対話を通してインサイトを探索していくことを可能としました。
通常の人間同士の業務であれば、同僚や部下に長い指示を出すことは少ないはずです。ビジネス上のコンテクストに沿った内容が簡単な指示で返ってくるというのは、今回のプロジェクトで特に力を入れたところです。複数のエージェントを組み合わせていることも、より最適な回答に近づくための鍵になっています。
プロジェクトを振り返る
――プロジェクトを進める上で困難だった点を教えてください。
米谷 先進的領域であるので技術的な課題も一部ありましたが、より困難だった点としては、本日のテーマにも関わる、「マーケティング領域において人間とAIの役割をどのように融合させていくか」という点でした。例えば、生成AIにより効率的に生活者のコメント情報を要約し、把握することが可能となってきています。一方で、要約で抜け落ちた行間や、正しく言語化できないあいまいな表現にこそ、インサイトにつながる大事な核がある場合もあります。ローデータをそのまま読み込むことで、AIで要約されたものを読むだけでは得られないものも確実にあるのではないかと感じています。そういったものを完全に排除してしまっていけないタイプの仕事もあると思うので、何を生成AIに任せ何を人がやるべきかは、継続して考えていかなければならない課題だと思っています。
――このプロジェクト上では人の役割をどのように設定したのでしょうか。
米谷 昨今の生成AIの進歩により、「答え」が重要視されることから「質問」こそが重要とされる時代により変わっていくのではないかと思っています。それも踏まえ、問いの設定、そのための初期仮説構築は人間の役割と現時点は考えています。お客さまの変化が速い時代に、変化に対応していくには、仮説・検証のサイクルをより高速に回す必要があります。仮説・検証が完了したときには、ビジネス環境が変化してしまっており、リサーチをやり直すということも現実に起こり得ます。問いの設定と初期仮説を基に、スピーディーに大量のデータから推論していく生成AIと対話しながら、仮説の精度を上げる、新たな気付き、仮説を作るという探索的なプロセスに今回の仕組みを適用させることができるのはないかと考えています。
――今後の本プロジェクトの運用の見通しについてうかがいます。
米谷 新しいテクノロジーであるため、どのようにマーケティング、マーケティングリサーチに活用できるかは、ビジネスのなかで実践的に活用しながら、早い段階での小さな成功事例を作ること(Early small success)が大事なのではないかと考えています。また、実際に生活者の声を読み込んだり分析したりした結果、最後の示唆を得てビジネス上の意思決定を行うのは人。生成AIが出す情報を使いこなせるだけのナレッジをどのように獲得していくかも、今後の課題と捉えています。
――成功事例がなかなか見つからない中で、小さくても自らそれを作りにいっているのがこの取り組みであるとも言えると思います。最後に、生成AIによる未来の顧客理解の姿について、どう思うか聞かせてください。
米谷 お客さまの変化のスピードが速い時代には、過去のデータだけではなく、お客さまが次に何を求めているのか、先行情報を幅広く収集し、変化を敏感に感じ取っていくことが大切ではないかと考えています。社会の動きや生活のトレンドなどを自分の目で直に見ることや、なるべく生の一次情報に触れ、そこから「仮説」を導き出すことはこれまでも、これからも大切にしていきたいことです。そこにうまく今回マインディアと取り組ませていただいている生成AIを融合し、お客さまの深い理解につなげることで、当社のパーパスである「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する(ReDesign)」を実践していきたいと考えています。
未来の顧客理解はどうなるのか
今回の取り組みを発表した日本マーケティング学会のイベントのセッションでは「データと直感の融合」をテーマに掲げました。顧客理解に限ったことではないかもしれませんが、今後「人間とAIの共創」はますます進んでいくのではないかと思います。
そうした中で、われわれマインディアもお客さまにとっての新たな価値をAIと共に創造する挑戦を続けています。その一例として、現在テスト中の生成AIドリブンによる新しい定量・定性調査についてご紹介します。仮説を人間が構築した後に生成AIで顧客の変化やアイデアの起点を探索し、それを基に生成AIと共にアイデアを形にし、AIドリブンのリサーチで検証するというものです。
以下は現在開発中の、AIに指示するだけで調査の設計から実行、レポートまで完結してくれる仕組みです。「新しいハミガキのコンセプト調査の設問を20問で作成してください」といったラフなリクエストを出すだけで、一通りの設問が用意されるようになっています。
本内容はマーケティング戦略や施策立案だけでなく新製品開発時のアイディエーションの仕組みにもなると考えています。プロセス全体に人間の評価も組み込む「人間とAIAIの共創プロセス」により、マーケティング・顧客理解の領域のさらなる進化に貢献していきます。
寄稿者紹介
鈴木大也
鈴木大也さん,すずき・ひろや。マインディア代表取締役CEO。新卒でProcter & Gamble(P&G)に入社し、マーケティング部門で洗濯洗剤「アリエール」のブランドマネジメントなどに従事。その後、Facebook(現Meta)で機械学習とAIを使った広告配信のプロダクトの日本市場での立ち上げなどに携わった後、2018年にマインディアを創業。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.