生成AI活用の成否を決める「プロンプトエンジニアリング」 知っておくべきポイントとは?:コミュニケーションをテクノロジーで再構築する
マーケティング領域で進む「AIシフト」に取り残されないため、どうすればいいのか。今回は、生成AI活用の成否を左右する「プロンプトエンジニアリング」 について解説します。
近年、生成AIの技術革新により、コピーライティング、顧客とのチャット、メール作成など、さまざまなコミュニケーションシーンにおいてAIを活用する機会が増加しています。しかし、顧客と効果的にコミュニケーションを創出するためには、やみくもにAIに指示を出すだけでは不十分です。
当たり前かもしれませんが、AIは本質的に何も「知らない」ものです。最終的なアウトプットがどういうイメージか、何を期待しているのか、何が良いアウトプットなのか、詳細に定義していく必要があります。
マーケティングにおけるプロンプトエンジニアリングの重要性とは?
私は2022年初頭からプロントエンジニアリングアーキテクトとして、生成AIの有用性を向上させることに従事してきました。プロンプトエンジニアリングとは、簡単に言えば、最適で応用性のある指示を大規模言語モデル(LLM)に与えて、望ましい結果を得るための技術や手法です。別の言い方をすれば、LLMに対して関連性のあり役立つ出力(アウトプット)を生成させるために、各プロンプトの言語を綿密かつ戦略的に設計するプロセスです。これにより、LLMが一定の自由度を持つ「ガイドされたランダム性」、つまり一般の人々が「創造性」と捉えるような要素を導入することが可能になります。これは、LLMが発明的または印象的なテキストを生成する能力を活用したものです。
プロンプトエンジニアリングはマーケティングにおいて重要性を増しています。例えば、マーケターがAIを使ってキャッチーなスローガンを作ろうとした場合、「新製品のキャッチコピーを作成してください」といったプロンプトを送信することが考えられます。しかし、この指示は非常にシンプル過ぎて、AIは一般的なスローガンしか生成できない可能性が高いでしょう。この場合、プロンプトエンジニアリングを活用して、AIに対してより具体的な指示を与えるべきです。ターゲット顧客の特徴、ブランドのトーン、製品のユニークな売り、競合との違いを考慮に入れたプロンプトを作成することで、より正確なスローガン、つまりより良いアウトプットを得ることができます。
マーケターは、LLMが生成すべき内容を明確に記述し、必須要素と、ランダム性や「創造性」が生かせるオプション要素を明確に区別するスキルを身につけることが重要です。単に「キャッチコピーを作ってください」と依頼するのではなく、「コストを意識する顧客に訴求したい。顧客の名前を言及することで興味を引かせ、製品のエコフレンドリーかつサステナブルな特徴を強調するスローガンを生成してください」と、具体的に指示する方が、ターゲットに合ったより創造的な結果を得ることができます。
まずは「良いコミュニケーション」の基準を決めよう
私はプロンプトエンジニアリングをマーケティングに生かす方法だけではなく、社会言語学を基礎にした良いコミュニケーションのあり方についても考えてきました。その経験からマーケターの皆さんに伝えたいことは、「コミュニケーションにおける受け入れ基準(良いコミュニケーションであると思う基準、期待している基準)」を決めることの重要性です。エンジニアリングにおける要件定義やプロンプトエンジニアリングにおけるパターン設定にも通じる話ですが、ルールを決めなければ、生成AIを効果的に活用することはできません。
実は、このパターンの定義は、日本語を学ぶ外国人にとって非常に身近なものです。というのも、日本語では無意識にパターンを使って会話に意味を持たせるケースが多いからです。
一例を挙げると、書き言葉で使われる日本語の「(笑)」と「w」の使い分けがあります。日本人の皆さんはこれらを何気なく使い分けていますが、実際には異なる状況で使われています。まず「(笑)」は、例えばYouTubeで初めて会話する場合や、知らない人とコメント欄でやりとりする場合など、批判的なコメントが誤解されないように語気を和らげるために使われることが多い印象です。これは、否定的に捉えるかもしれない発言をする際に、相手に対する配慮や友好的な態度を示すためです。具体的には、「この部分が少し分かりづらかったです(笑)」といったように、直接的な指摘を柔らかく伝える場面で使用されます。「(笑)」がデジタル上でさほど親しくない人との会話でも使われることがある一方、「(笑)」のローマ字表記(warai)に由来する「w」は、カジュアルで親しい間柄でのやりとりに使われることが多いように思います。友人同士や家族間でのチャットで、軽いジョークや冗談への反応で、「超絶ウケるw w 」のような形で多用されます。wの数が笑い声の大きさを表すこともあり、より親密で砕けた印象を与えます。
このように、日本人が無意識に使っているパターンを見つけ出し、生成AIに対してもそのパターンを指示することが求められます。
ブランドアイデンティティーから考える
では、LLMにこのようなコミュニケーションのパターンを設定する場合は、どの程度の詳細さで行うべきでしょうか。
少し抽象的な議論になりますが、自身のブランドとは何か、ブランドを基にしたコミュニケーションとは何か、おもてなし感のあるコミュニケーションとは何か、顧客にとって最良のコミュニケーションは何かを考え抜くことが重要です。
例えば、句読点の位置や頻度、絵文字を使うか、どこまで丁寧語を使うかなど、一つ一つ決めていかないと、相手に与える印象は大きく異なることになります。フレンドリーさを重視するブランドガイドラインがある場合、「親しみやすさ」を表現する言語要素(テキストチャット、メール、またはブログ投稿において)を慎重に考え抜く必要があります。
また、自分たちのブランドアイデンティティーを構成する要素について考え、定義することは、顧客とのエンゲージメントを高める上でも重要です。誰でもAIが作成した機械的な文章に応じるのは嫌だと考えるでしょう。
言語学者のデボラ・タネン氏によると、ニューヨークでは積極的に人と関わりあうコミュニケーションスタイルが好まれます。表現豊かな言葉遣いで、素早く返答するといったテンポの速い会話のスタイルです。一方で、同じ米国でもカリフォルニアでは、一つの会話の中で一人が話し終わった後に相手が応じるといった、ゆったりとしたやり取りが好まれます。そのため、相手が反応できるように間を取ることが非常に重要です。
チャットにおいて、あなたのブランドアイデンティティーに基づいてどのような言葉遣いをするか、またブランドアイデンティティーを伝えるためにどのような言葉を使うべきかを明確にすることは、ユニークさを出すために非常に重要です。
さらに、最終目標を明確にし、アクションドリブンで考えることも不可欠です。資料を見てほしいのか、新しい商品の提案をしたいのか、次の目標を意識した会話が重要です。
消費者とのコンタクトの回数によってもコミュニケーションは異なります。初回購入か再購入かで、コミュニケーションは変わるべきです。初回購入時には「お問い合わせいただきありがとうございます」が適切かもしれませんが、2回目以降は「いつもお世話になっています」といった感謝の姿勢を示し、相手のことを知っているという姿勢を見せることが大切です。お客さまがカスタマージャーニー上のどこにいるかを考えた上でコミュニケーションを見直す必要があります。そして、その詳細をプロントに含める必要があります。
このように、コミュニケーションの最適なパターンを考えることが、生成AI活用の鍵となります。
日本語において生成AIを活用するとき意識すべきこと
ここまで難しいことを話してきましたが、日本語において生成AIを活用するならばまずは次のような点を意識してみてください。
- LLMに丁寧なメッセージを作成させたい場合、どこまで丁寧さを求めるか具体的に定義する必要があります。例えば、尊敬語を使用するかどうか、または顧客を「お客さま」と呼ぶかどうかなどを指定します。
- AIに自然な流れでチャットをさせたいなら、最初のメッセージの後にあいづちを入れるように指示する。
- 会話の堅苦しさをなくしたいのであれば、漢字を使うべき時と使うべきでないときを指示する。
最後に私自身、そしてZEALSも「おもてなし」が感じられる接客に価値を置いています。おもてなしとは、顧客の期待に応じた対応だけでなく、その時の場の雰囲気やタイミングなどを鑑みて、お客様が最大限に快適だと感じさせるようにすることだと考えています。例えば、文章も、丁寧な言い方にするべきか、ブランドに合わせて柔軟に対応するべきかを判断する必要があります。コンタクトを取るのにはいつがベストなタイミングなのか、連絡のスタイルを考え抜くことも、内容と同じくらい重要だと私たちは考えています。
寄稿者紹介
グレッグ・ベネット
Greg Bennett ZEALS Head of Prompt Engineering。ジョージタウン大学で社会言語学を専攻し、修了。Microsoftにて、対話型AIのキャリアをスタートし、個人の生産性を高めるAIアシスタント「Cortana」の研究開発に従事。Yahoo!にてSearch Editorを勤めた後、SalesforceのConversation Design部門でDirectorとして、CRM向け生成AI「Einstein GPT」を活用したプロンプトエンジニアリングを主導。社会言語学および会話分析メソッドに基づき、同社のプロンプトエンジニアリングのフレームワークを確立し、17の事業部門にわたる品質、一貫性、包括性の基準を設定するなど大きな貢献を果たした。
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