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楽天市場のマーケターが語る「脱リタゲ」とInstagram超活用AI時代のマーケティングをどうする?

マーケティング戦略からAIとシグナルロスの時代の課題、Instagramの活用法まで、「楽天市場」の集客を担うチームリーダーが語った。

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 楽天グループは、祖業である巨大ECモール「楽天市場」に加え、最近注力している通信キャリア事業の楽天モバイル、楽天銀行や楽天証券などの金融業、デジタルコンテンツをはじめとする各種インターネットサービス、さらには野球やサッカーのチームまで、さまざまな事業を展開している。国内のみならず、世界30を超える国・地域でビジネスを展開し、グローバルの利用者数は18億人に達する。サービスの数は現時点で70以上に上る。これらのサービス群を発行数1億超の楽天IDを軸につないでシナジーを生み出す手法は、一般的には「楽天経済圏」、楽天グループ内では「楽天エコシステム」と呼ばれている。

 エコシステムは今なお拡大し続けているが、楽天市場単体でみてもその存在感は健在だ。直近3年の平均成長率(CAGR)は8.1%。創業から27年続く事業が業界平均(3.1%)を遥かに超える高い成長率を維持しているのは驚異的だ。

 本稿では、楽天の近谷康氏(楽天市場マーケティング部ディスカバリーマーケティング課シニアマネージャー)が登壇した「House of Instagram Japan 2024」(Meta日本法人のFacebook Japanが2024年6月12日に開催)の広告主パネルセッションの内容を紹介する。

「シグナルロス」と「AI」が楽天市場のマーケティングを変えた


楽天の近谷康氏(右)

 楽天市場のマーケティングに携わって13年目になるという近谷氏はInstagramをはじめとするデジタル広告やアフィリエイト広告、SEO、コンテンツマーケティングなど外部集客全体を統括している。デジタル化やオートメーションが加速するここ数年でマーケティングを大きく変化させた要因として、近谷氏は「シグナルロス」と「AI」の2つを挙げた。

 個人情報保護の潮流とプラットフォームの規制強化に伴いユーザーの行動履歴が思うように取れなくなれば、楽天市場のようなEC事業には大きなインパクトとなる。もちろん失われたシグナルを代替するソリューションの検討は進めるものの、近谷氏の中にはそもそもCookieなどに依存したリターゲティングに依存したままでいいのかという問題意識もあった。

 マーケティングを変えた2つ目の要因であるAIについては、楽天自らも全社を挙げて積極的に導入を推し進めている(関連記事:「三木谷浩史氏が語る楽天のAI戦略 企業のマーケティングにどう貢献するのか?」)。楽天の広告事業においても効率的な配信やコンテンツの生成などさまざまな面でAIの支援を広げているが、当然自社の事業のマーケティングにおいても、後述するようにAIの可能性を模索している。

楽天市場のマーケティング戦略

 楽天市場のマーケティング戦略について、近谷氏は「一言で言えるようなものはない」としつつも、重視している3つのポイントとして「LTV」「本質的な広告効果」「それらを実現する組織づくり」を挙げた。

 楽天市場では、広告の効果について語る際、単に出稿量に対してどれだけの売り上げがあったかということにとどまらず、その内訳、つまりコンバージョンごとのLTVにこだわると近谷氏は言う。具体的には、初回購入かどうか、どのデバイスで購入したのか、アプリ経由かWeb経由かなど、細かな要素にまで注視して、その価値の違いを見極めている。

 本質的な広告効果とは、単にラストクリックだけを評価するのではなく、最終的なコンバージョンに向かってどの段階で広告が貢献しているのか、すなわちアトリビューションを正確に観察することだ。特にInstagramなどは、直接的なパフォーマンスだけでなく、ユーザーに新しい「気づき」を与える役割を担うことが多いからだ。

 ユーザーごとのLTVやアトリビューションを正しく分析するには、膨大な広告接触データやコンバージョンデータを扱う必要があるが、それをマーケターが一人で行うのは負担が大きすぎる。そこで、3つ目のポイントである「組織づくり」が重要になる。近谷氏によれば、ここ3年間で楽天市場も組織の在り方が大きく変わった。広告の分析においては、データ分析専門の部署と協業し、大量のデータをモデル化して分析するのが一般的になった。また、課題に対して仮説を立て、高速でPDCAを回し続けるマインドセットが根付いていることも大きい。AIによる効率化を追求しつつも、泥臭くベストを追求する姿勢が、楽天市場流であるとも言える。

パフォーマンスでもブランディングでもInstagramを活用

 Instagramについては、パフォーマンスとブランディングの2つの観点で活用している。

 パフォーマンスの観点では、「Instagramは他の媒体と比べて、見せるべき人に見せるべき商品をきれいに出せる」というのが近谷氏の印象だ。「Instagramはいろいろな人の『好き』が集まる場所であり、(広告掲載)面として非常にポジティブ。Instagramを開いてテンションが下がることはおそらくない。そういうポジティブな場面に広告を出せることに、非常に価値がある」と語る。

 ブランディングについては、さまざまなフォーマットが用意されており、多様な表現が可能であることを評価している。また、ブランディングは一般的に効果測定が難しいとされるが、Metaの標準ツールを使うことで解像度の高いデータが得られる。Metaのサポートチームからのインサイトも非常に役立っていると近谷氏は評価している。

 今後、楽天市場はInstagramと共に「シグナルの最大化と自動化の加速」「クリエイティブの多様化」「効果測定とテスト&ラーン」に注力する方針だ。


(画像提供:Facebook Japan)

シグナルの最大化と自動化の加速

 シグナル最大化についてはまずCookie非依存のコンバージョン計測手法であるコンバージョンAPI(CAPI)を早期に導入している。これはもちろんシグナルロスを補完する目的もあったからだが、一方でLTVを媒体と連携するという際にも重要な役割を果たすと近谷氏は考えている。

 先に触れたリターゲティングからの脱却については、楽天市場は従来Metaでも既存の楽天会員に対してその人が楽天市場で見た商品を見せるという施策を中心にやってきた。しかし、既に述べた通り、プライバシー保護の機運がますます高まる中で、今後もこれまでと同じやり方を続けられるとは限らない。そこで、Metaのファーストパーティーデータや配信アルゴリズムをフル活用していく方向性に方針を転換しようとしているのだ。

 シグナルを充実させてMetaのAIプロダクトをフル活用したプロスペクティング配信(Webサイト未訪問の潜在ユーザーに対して興味のありそうなアイテムを広告として表示させる手法)の比重を増すことで、リターゲティング配信は実に2021年の20%まで低下した。この大きな変化には近谷氏も「自分自身も信じられない数字」と、驚きを隠さない。

 AIを使ってLTVが高いと見込まれるユーザーに効率的にリーチするAdvantage+ショッピングキャンペーン(ASC)も活用している。2023年第4四半期に導入した当初は配信全体の31%がASCによるものだったが、2024年第1四半期にはその比率が50%を超えた。

 ASCはもともとWebサイトのコンバージョン向けに用意されたサービスだったが2023年第4四半期からアプリのコンバージョンも最適化できるようになった。WebとApp両方にコンバージョン地点がある楽天市場にとってちょうどいいタイミングでの導入となったわけだ。

クリエイティブ多様化

 次にクリエイティブについて。楽天はパフォーマンス目的ではダイナミック広告で商品画像を見せるフォーマットをよく使ってきたが、「クリエイターに自分の言葉で語ってもらうのがInstagramならではのフォーマットと思っている」(近谷氏)として、ブランディングの観点でクリエイターとの価値共創にも取り組んでいる。四半期に一度の「楽天スーパーSALE」の認知拡大施策においては、クリエイターとのタイアップを複数回実施した。

 さまざまなジャンルの膨大な商品を取り扱う楽天市場では、どんな人でもクリエイターとして選択できる。ただし、どのジャンルに絞り込んでターゲティングすべきか、それぞれのクリエーターの先にどのようなコミュニティーがあり、どうリーチするのかは、毎度悩みの種にもなっているという。

効果測定とテスト&ラーン

 効果測定に関しては。パフォーマンス領域では長年取り組んできて一定の基盤ができている状況だ。問題はブランディング領域、つまり購買から少し離れたアッパーファネルの段階の計測をどうするかだ。

 現在認知の段階で取り組んでいるのがブランドリフトサーベイだ。ここでは態度変容や第一想起を追う。行動の変容を測定するためにはβ提供中のデータクリーンルームも使っている。Metaのデータクリーンルームには、広告視聴やクリックなどいろいろなシグナルが入っている。ここで楽天市場のデータをハッシュ化した上で突合し、その中で広告を見たユーザーに何が起きたかを解明していこうとしているのだ。

 もう一つ、現在導入を検討しているのが、マーケティングミックスモデリング(MMM)と呼ばれる手法だ。MMMは単一のメディアではなく複数のメディアを評価するときに用いられる。つまり、Instagramだけでなく他のメディアとクロスで広告効果を見ていこうというのだ。Metaにとっては他のメディアと横並びにされる形になるわけだが、むしろ歓迎の姿勢だという。


 人々の嗜好が多様化し、購買経路も複雑化する一方で、シグナルロスの課題によってデジタルマーケティングの最適化は難度が上がっている。さらに、それをフルファネルで実行するのは並大抵のことではない。長い歴史を持つ巨大ECプラットフォームである楽天市場が今なお成長を続ける理由は、パフォーマンス改善への飽くなき探求心と、最新技術を柔軟に使いこなす適応力にあるのだろう。

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