そもそも「AIシフト」でマーケティングはどう変わるのか?:コミュニケーションをテクノロジーで再構築する
生成AIが台頭し、あらゆる業務領域で「AIシフト」が進んでいます。もちろん、マーケティングも例外ではありません。今回は、マーケティングコミュニケーションの分野でのAI活用の可能性について解説します。
さまざまなテクノロジー企業がAIをマーケティングに生かすための提案をしています。
具体的には、顧客の属性データや購買データを組み合わせて自社の商品を買ってくれる人のペルソナを発見したり、ペルソナに合わせた個別のメッセージやコンテンツをAIで生成したり、カスタマーサービスにおいて顧客とのやりとりを自動化したりするといった使い方が実用化されつつあります。
しかし、マーケターに注目していただきたいのは、どんなテクノロジーを使うかということよりも、顧客からデータを提供してもらえる仕組みとリレーションを構築できているかです。
AIは顧客との理想的なコミュニケーション実現のために何をしてくれるのか
認知度向上から商品の購入促進まで、マーケティングの過程では多くの顧客接点を持っていくと思いますが、どんな顧客接点であれ、そこにはコミュニケーション、つまり「会話」が存在しています。
現在人々が会話の手段として最も頻繁に活用しているのは、電話でもなければメールでもなく、「LINE」や「Merssenger」「Instagramメッセージ」などのチャットです。時代と共に最も活用されるコミュニケーションプラットフォームは移り変わっていくことが想定されますが、会話の構造そのものは普遍的なものです。
われわれZEALS(ジールス)はコミュニケーションの力に注目し、クライアントが消費者に対してLINEやFacebookメッセンジャーなどの身近なプラットフォームを通じて「おもてなし」が感じられる接客体験を提供できるよう、AIとLLM(大規模言語モデル)技術を用いて支援してきました。この知見を基に、AIシフトが求められるマーケティングにおけるコミュニケーションの課題と、その解決方法について考察します。
AIシフトが未完である「広告」
AIシフトの掛け声は大きくなる一方ですが、残念ながら現時点においては、認知、興味・関心、比較・検討、購入、継続といった購買行動のどの段階においても、マーケティングコミュニケーションのAIシフトは十分に進んでいません。
特に、認知から興味喚起の段階で使われる「広告」は、まだ理想の形とは言えない状況です。消費者のニーズが多様化する中でも依然として一方的なメッセージ配信となっており、一人一人に寄り添った内容となっているとは言い難い状況です。
もちろん、CDP(顧客データプラットフォーム)などを用いて年齢や性別などの属性データによってある程度セグメント分けをして、それぞれに合った広告を配信しているケースはあります。しかし、ここで課題となってくるのはタイミングです。CDPでデータ処理を行いパーソナライズされた広告を配信するとなると、数日かかってしまうケースもあります。
仮にあなたがアイスクリームを販売しているレストランのマーケティング担当者で、以前来店した人にアイスクリームのクーポンを配信するとしましょう。このとき、施策の実行まで数日かかってしまったら、どうなるでしょう。涼しくなるころにクーポンが送られてきても、送られた側はもはやアイスクリームを食べようという意欲がなくなっているかもしれません。アイスクリームの販売機会を損失してしまうばかりか、クーポンの配信にかかったコストも無駄になってしまいます。そしてもちろん、季節外れになってしまったメッセージを受け取る側の顧客体験がいいものであるはずはありません。
双方向のコミュニケーションで顧客が求める情報を効率的に提供できる仕組みがそもそも不足しているという課題もあります。
広告を見た人が自社の商品に興味関心があるのか、どういう課題を抱えているのか、自社の商品はその課題を解決できそうか。双方向のコミュニケーションを促して顧客理解を深め、顧客にも商品を理解してもらえるようになるのが、広告にとって望ましい姿だと思います。しかし、現実には個々の消費者が本当に知りたい情報をきめ細かく提供できず、一方通行の押しつけがましいメッセージしか届けられていないため、広告が「悪」のような印象を持たれてしまっていることが多いのだと思います。
「私のためにここまで考えてくれている」と感じられるような人間味のあるコミュニケーションがAIの力で実現できれば、広告体験も変化するのではないでしょうか。
デジタル完結型顧客体験の限界を乗り越える
DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれる昨今、マーケティングの世界でも顧客での接点をなるべくデジタル化し、省力化しようとする動きが加速しています。
例えば比較検討の段階、つまり認知は獲得しているものの商品の購入には至っていないような見込み客に対して、成功事例を伝えたり商品の新しい使い方を提案したりして興味を深化させ、さらにはキャンペーン情報などを伝えることによって購入を後押しするような取り組みが行われています。
これらの取り組みは一見するとほとんどデジタルで完結可能に見えます。しかし、実際にはそうではなく、電話や対面でのサポートに頼る人が少なくありません。例えば比較検討の段階で商品に何らかの疑問や不安を抱いたら、買う前に直接商品を確かめたい、店員と話したいと考えるでしょう。このような場合、従来は店舗に直接足を運ぶケースが多かったと思います。来店してもらえれば対面でフォローアップもできます。しかし、問題は顧客接点がデジタルしかない場合です。
せっかくWebサイトに訪問してくれたのに欲しい情報が得られない、疑問が解決できない、あるいは自分が欲しい商品ではないと思い込んで離脱してしまった層をどうやったら呼び戻せるのか。これまでであればサードパーティーCookieを利用したリターゲティングが有効な手段でしたが、ご存じの通り、Cookie規制の流れを受けて、今後はそれも難しくなるでしょう。
一方で、対面のコミュニケーションにもまた「属人化」という問題があります。顧客対応を担当者のスキルに依存してしまうと、ノウハウが継承されず、接客の質が安定しません。また、顧客がなぜ離脱しようとしているのか、何に疑問を持っているのか、どうしたら買おうと思うのかという貴重なデータが組織に共有されないという欠点もあります。
AIチャットはデジタルチャネルに不足していた双方向のやりとりを補完し、ブランドプロミスに基づいた接客を安定的に提供できます。また、対話を通じて得られたデータを蓄積し、さらにそれを学習することで、より質の高いコミュニケーションを実現できるようになります。
再購入促進施策のムダを解消
モバイル端末の普及でインターネットが一層手軽なものとなり、消費者はあらゆるモノとサービスについて、その代替的な選択肢を含めた幅広い情報を容易に得ることができるようになりました。これは、消費者のスイッチングコストが低下したことを意味します。故に今日のマーケティングにおいては、単に商品・サービスの認知を高めて購買を促すだけにとどまらず、優れた顧客体験をパーソナライズされた継続的なエンゲージメントの形で提供し、LTV(顧客生涯価値)を最大化する重要性が相対的に増しています。
LTV最大化を実現させるためには、まず購買履歴などのファーストパーティデータの収集・分析が必要になります。「20代の女性が××店舗で化粧品を購入した」といった属性データだけでは不十分です。なぜその人がそれを買ったのか、どういったコミュニケーションで購入に至ったのかという文脈まで理解する必要があります。
ターゲットとなるペルソナが購入に至るのは、ロジカルに提案したときなのか、課題を把握してもらったときなのか、キャンペーンでお得な情報を配信したときなのか、はたまた複数の要因がトリガーとなるのか。AIを活用して背景を詳しく把握し、文脈を理解する必要があります。
タイミングも重要です。トリガーが分かって最適なメッセージを用意できたとしても、買いたくなるときというのは人それぞれです。また、確実に見てもらえるタイミングでなければ、メッセージが届きません。適切なメッセージを適切なタイミングで届けるためのコミュニケーションチャネルが必要です。また、トリガーは千差万別なので、大容量データに耐えられるようなテクノロジー基盤も求められます。
再購入促進でも鍵になるのは双方向のコミュニケーションです。顧客が商品を購入した後に商品の使い方や効果について疑問が浮かぶこともあるでしょうし、疑問があればいつでもすぐに回答してほしいはずです。24時間365日自動で回答できるチャットbotやFAQを導入し、チャット経由で自動応答を可能にすることは有効な施策になるでしょう。顧客からの積極的なアクションに対して真摯に向き合う姿勢を見せることは、ブランドロイヤルティーの向上につながります。もちろん、LTVの向上にも寄与していくでしょう。
寄稿者紹介
遠藤竜太
えんどう・りゅうた ZEALS COO。日本・アジア事業を管掌。京都大学大学院ヒューマンインターフェイス(HI)論 修了。人と機械のインタラクティブを専門としHIシンポジウムにて優秀賞受賞。コミュニケーションテクノロジーの社会実装を実現するため、2017年にZEALSへジョイン。同社ジェネレーティブAI部門の責任者も務め、ChatGPTをはじめとするジェネレーティブAIやLLMのチャットコマース活用に深い知見を持つ。国内最大級のマーケティングイベント「ダイレクトアジェンダ」のStart Up Pitch Agendaで最優秀賞を受賞。LINEより認定講師「LINE Frontliner」に選出されるなど、マーケティング領域にも精通する。
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