イーデザイン損害保険が「事故のない世界の共創」に向けて構築するデータ基盤:差別化が難しいダイレクト保険の世界で生き残るために
従来の自動車保険の在り方を根本から見直して新たな体験価値の提供に挑むイーデザイン損害保険の取り組みについて紹介する。
東京海上グループのダイレクト保険会社であるイーデザイン損害保険(以下、イーデザイン損保)は、「事故のない安心・安全な世界の実現」をミッションに掲げ、2021年11月より全く新しい自動車保険「&e(アンディー)」を販売している。
自動車保険は形のないサービスであり、事故が起きない限り、その価値を実感することは少ない商材だ。さらに、代理店を介さないダイレクト販売では、サービスの良さを十分に伝えることが難しく、他社との差別化も容易ではない。一方で、少子高齢化の進展や自動車保有者の減少など、市場の見通しは必ずしも明るくはない。そこで難局打破の鍵になるのが、卓越した顧客体験の創造だ。
本稿では、2024年9月5日に行われたセールスフォース・ジャパンの記者説明会に登壇した、イーデザイン損保の須田雄一郎氏(取締役IT企画部長兼ビジネスアナリティクス部長)の説明を基に、「共創する自動車保険」を目指す&eのデジタル技術とデータ活用の取り組みについて紹介する。
&eのコンセプトとデータ活用の方法
須田氏は、&eのコンセプトを「保険としての基本機能」「安全運転プログラム」「事故のない世界の共創」の3つの層に分けて説明した。
保険としての基本機能
&eは、自動車保険の基本機能をシンプルで分かりやすいUI/UXを通じて提供している。デジタルネイティブ層を主要な顧客層として見据え、見積もりから契約、事故対応、契約更新まで、全ての手続きをスマホ一台で完結できるようにしている。AI技術も駆使しており、例えば保険証券をスマホで撮影してアップロードすると、画像認識機能によって見積もりや申し込みに必要な項目の入力が大幅に削減される。
全ての契約者に対してIoTセンサーを配布しているのも特徴だ。チロルチョコサイズの小さなセンサーを車体に貼り付けてBluetoothでスマホに接続すると、事故が発生した際の車の衝撃を検知して、ワンタップで事故受付センターに連絡できるなどの機能を持っている。
安全運転プログラム
IoTセンサーを経由して得たデータを基に急ブレーキや急ハンドル、急加速などの情報や、それらを基に算出した運転スコアから、契約者の運転傾向を分析できる。安全運転だと「ハート」と呼ばれるポイントがたまり、たまったポイントはコーヒーチケットなどに引き換えることができる。
事故のない世界の共創
&eが目指すこのコンセプトを実現するため、イーデザイン損保は約170のパートナー企業、団体、自治体などと連携している。それぞれが持つデータを組み合わせて活用することで、事故のない世界を実現につながるサービスを提供するのだ。例えば、ある製薬会社との取り組みでは、契約者の運転データと脳の機能の状態が分かるデータとを掛け合わせて、脳年齢が若ければ安全運転に寄与することを解明。脳の若さを保つためのプログラムをスマホアプリで提供している。
&eのアーキテクチャ
こうした先進的な取り組みを支えるためのシステムには、機動性や柔軟性に優れた先進的なアーキテクチャが不可欠になる。いわゆる「2025年の崖」問題を克服し、レガシーシステムからの脱却は必須だった。
現実的なコスト感で機動性、保守性、拡張性に優れたアーキテクチャを実現するため、フルクラウドでのシステム構築を選択した。顧客接点領域と基幹システム領域、データ活用領域の3つに外部サービスをAPIで連携させている。
競争力の源泉になる顧客接点領域はフルスクラッチでアジャイル開発も取り入れ、こだわって日々改善をしている。ここにリソースを集中投入するため、基幹システム領域については周辺のシステムと切り離した上、ベストプラクティスの塊ともいえる外部パッケージを採用してカスタマイズを極力なくすようにしている。運転データのスコアリングなども外部サービスを積極的に活用し、生産性を高める一方で保守の負担を軽減し、顧客体験に少しでも多くのリソースを投入できるようにしている。CRMの領域ではSalesforceの金融業界特化型ソリューションである「Financial Services Cloud」と「Marketing Cloud」を使い、データ活用と可視化には同じくSalesforceの「Data Cloud」と「Tableau」を、各領域のシステム連携にもSalesforceの「Mulesoft」を使っている。
顧客との意味あるコミュニケーションを実現するために
事故のない世界を顧客と共創するというからには、そもそも使い続けてもらわないことには話にならない。契約を更新し続けてもらう上で顧客体験の充実は最優先のテーマだ。
個々のニーズを捉えた意味のあるコミュニケーションを実現するためには、データに基づく顧客理解が欠かせない。そのためのCRMではあるが、現実的には契約情報や事故歴など断片的なデータを参照するだけでは結局「○○日後に△△のメールを送る」といった画一的なメール配信にならざるを得ず、全ての人にとって有益な情報を提供するのは難しい。そこで、Webサイトやアプリのログ、運転データなど、社内外のデータを一元管理し、より精度の高いパーソナライズされたコミュニケーションを実現しようという考えに至った。
例えば、既存顧客に保険契約を継続してもらいたいとき、Webで更新可能になる70日前になっても手続きが済んでおらず、かつWebサイトの行動履歴から継続のページに進んでいたことが確認できる人がいたとしよう。その人が離脱したのが保証プランを選ぶページであるならば、次の契約の保証内容について悩んでいると推察できる。そこで、こうした人には電話やチャットで直接相談できることを案内する
このようなきめ細かなアプローチはData Cloud導入前にも一部やってはいた。しかし、Web やスマホアプリ上の操作ログ、運転データなどの社外データを活用したいとなると、従来はデータの収集と加工を手作業でやらなければならなかった。
「当然、人がやる上では作業ミスもあるし、大量のデータの加工編集作業に数日かかるようなこともあります。そこで、どうにかしてこの社内外のデータを一元管理して正確性や機動性を担保したいと考えました」と須田氏は語る。
異なるデータソースのハブとなり、一元的に管理する仕組みの導入は急務だった。そこで白羽の矢が立ったのがData Cloudだ。社内のデータはもちろんのこと外部のデータも全てData Cloudに取り入れることで、データ活用がシームレスにできるようになった。
「Data Cloudなら、さまざまなデータウェアハウス製品とシームレスで連携できる。また、われわれはWebやアプリのログにGoogleアナリティクスを使っていますが、他のツールと容易に接続できるようにコネクターが準備されている点も評価しています」(須田氏)
CRMと運転データを掛け合わせて、安全運転スコア10点(満点)の人を対象に、たまったハートがリワードに交換可能であることを知らせるメールを配信したところ、従来10%程度だったクリック率が24%まで上昇した。
「これを繰り返すことで、『イーデザイン損保のメールなら見てみよう』というマインドの醸成にも寄与していると思う」と須田氏は語る。
データを使いこなすための組織
Data Cloudを導入することで可能になる施策はさまざまだが、効果的に活用するには、組織体制の整備が不可欠だ。須田氏は「(Data Cloudを)使いこなす体制がないと絶対に役に立たない」と断言する。
そもそも部門ごとにデータがサイロ化されていたら、契約情報に基づくメール配信すらままならない。イーデザイン損保では&eの発売に合わせて須田氏の所属するビジネスアナリティクス部を立ち上げ、ここが中心となってデータの収集・分析を進め、各部門のニーズをヒアリングしつつAIを活用した効率的な業務運営を目指している。
例えばカスタマーセンターと事故サービス部門はもともとシステムもデータも分断されていたが、&eでは両方とも重要な顧客接点と捉え、情報共有を密にすべくシステムを統一し、データを活用しやすくしている。
「ツールだけ整備してしまうと各部門で使い方がバラバラになってしまい、お客さまの目線から見たときにバランスの悪いメールが送られてきたり、プッシュ通知をしたりということがある。しかるべき体制を整備したことが、データ活用のドライバーになっていると思っています」(須田氏)
データとAI活用のこれから
イーデザイン損保は今後もData Cloudを活用したデータドリブンな組織運営をさらに推し進めていく方針だ。
データ収集においては、音声認識技術で電話対応の履歴をテキスト化し、それを生成AIで構造化して顧客データにひも付けることも想定している。電話やチャットのやりとりは、契約情報だけでは分からない貴重なデータを含んでおり、顧客の解像度を上げる上で強力な武器となるからだ。
データの加工、統合、分析においては、手作業に頼る部分を極力少なくし、自動的に効率的にできる基盤の構築をさらに進める。
データ活用では、パーソナライズドされたコミュニケーションに加え、AIによる自動査定やデジタル接客なども強化も視野に入れている。不正請求の判別精度向上や人手を介さない事故受け付けなど、データとAIへの期待値はより広範になるが、それら全てが顧客体験の向上につながるのは言うまでもない。
「日々こういうものをワクワクしながら開発をしている」と須田氏は結んだ。
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