広報活動を「無料の広告」と勘違いしている人に言いたいことがあります:『小さな会社の広報大戦略』著者インタビュー
大手企業のみならず小さな会社にとっても広報が果たす役割は大きい。しかし、広報活動を始めるに当たっては業務内容への十分な理解が必要だ。広告宣伝と混同された広報活動は記者にとってはノイズでしかないから……。
「ひとりマーケター」「ひとり情シス」など、人的リソースが不足しがちな小さな会社や新しい会社では一人の担当者が専任または兼任で一手に職務を引き受け、孤軍奮闘を余儀なくされることがよくある。「ひとり広報」も然り。とりわけ広報・PR業務は直接収益に関わる業務でもなく、ないとビジネスが回らないというわけでもないため、そもそも専任担当者がアサインされないことさえある。
ITmedia マーケティングの主要読者層であるマーケターの中にも広報兼任の肩書を持つ人はいると思うが、自社が継続的な成長を目指すのであれば、マーケティングとは似て非なる広報の職能についてよく知っておく必要がある。
共著『小さな会社の広報大戦略』(日本経済新聞出版)を上梓した松田純子氏と高橋ちさ氏に、広報業務の重要性やマーケティングとの関係性、広報業務の存在意義や組織の作り方、人の育て方など、本の内容に触れつつ話を聞いた。
松田純子(左) リープフロッグ代表。2007年にB2Bのスタートアップ企業で広報担当者としてキャリアをスタートさせ、2015年博報堂グループのデジタル広告会社スパイスボックスで広報部門の立ち上げに携わる。その経験を生かして2019年にリープフロッグ合同会社を設立。B2B企業向けに伴走型、人材育成型で広報の組織づくりと戦略立案、施策の実行まで支援する。
高橋ちさ(右) PRコンサルタント/SPRing代表法人向け製品を扱うIT企業などでのPR支援を経て、2017年にフリーランスとして独立。ベンチャーから大手上場企業、外資系企業の日本法人立ち上げ期の広報支援まで、幅広い広報活動を展開する。
小さな会社のマーケターと経営者にこそ知ってほしいこと
――この本の内容と執筆のきっかけについて簡単に教えてください。
松田 内容はタイトルの通りで、今ニーズが増えているけれど情報が少ない、小さな会社が広報部を立ち上げて運営を軌道に乗せるために必須の知見やノウハウをまとめたものです。執筆のきっかけは私自身の経験にあります。スタートアップや中小企業の広報担当者として長く働く中で、小さな会社の広報活動には大企業とは全く違うやり方があると実感していました。
――A5判300ページ超という、なかなかのボリュームですが、執筆はどう分担したのですか。
松田 主に私が執筆しましたが、内容が幅広い項目にわたるので、広報業務の中でも特に具体的なノウハウを知りたい読者が多く、重要度が高い「メディアリレーション業務」と「PR会社・PRサービスの活用方法」部分については高橋さんに執筆をお手伝いいただきました。高橋さんとは広報講座(「プレスリリースの書き方講座〜プロといっしょ!〜」)を共同運営しており、メディアリレーションに強みを持つ方なので、より実践的で、有効な内容になったと思います。
高橋 松田さんからお声がけいただき、私の経験が役立つのであればと思い参加しました。これまで長年にわたり、主に中堅・中小企業に向けてPR支援を行ってきた経験からすると、近年、広報に関する情報量が増加しているにもかかわらず、その情報を正しく理解し活用できていない会社が多いことに気づきます。情報の洪水の中で、正確な知識を得ることが難しくなっており、誤った理解を基に広報活動を展開してしまうケースが散見されます。この書籍を通じて、広報活動に対する正しい知識と考え方、実践的な戦略を提供し、読者のビジネス成長を支援したいという松田さんの考えに賛同しました。
――いろいろな広報本がある中で、この本の特徴を端的に言うと何でしょう。
松田 一言で言えば、全く何もないところから広報部を立ち上げて軌道に乗せるために知っておくべき項目を網羅して解説していることです。読みどころの一つが、広報活動に積極的な有名企業に取材を入れ、10社分もの事例を掲載している点。「広報戦略の考え方」「プロダクトの強みの言語化」「業務評価の方法」「担当者の人選ポイント」など、各社の活動事例とその背景を紹介しています。
高橋 私が担当した「メディアリレーション業務」の解説では、プレスリリースの作成方法やメディアとの関係構築、実際の取材対応ガイドを、「PR会社・PRサービスの活用方法」ではPR会社・サービスの種類の解説から各社にとって最適なサービス選択の方法まで、広報担当者がそのまま業務で活用できるものになるよう、実践を意識して解説しています。巻末にはプレスリリースのテンプレートなど、これだけでも役立つ資料を10種類用意し、読者がダウンロードして使えるファイルも用意しました。
――ITmedia マーケティング読者層の中には広報兼任マーケターも少なくないと思います。認知拡大という点で機能的に似通ったところもあると思いますが、広報とマーケティングの仕事はどう違うのでしょうか。
松田 誤解されがちなのですが、メディア露出を増やすだけが広報担当者の仕事ではありません。PRすなわちパブリックリレーションズとは「組織とその組織を取り巻く人間(個人・集団)との望ましい関係を創り出すための考え方および行動のあり方」です。これは日本パブリックリレーションズ協会の公式の定義ですが、要するに広報活動の本質とは、自社と自社を取り巻くステークホルダーとの「関係構築」なのです。自社や自社の製品・サービスのことを正しく理解してもらい、信頼してもらうことで、応援してくれる仲間を増やす活動とも言えます。一方でマーケティング活動は、製品・サービスの認知と理解を促進する点は同じでも、その先には売り上げにつなげるという目的があります。
――広報担当者に売り上げは関係ないのでしょうか。
松田 広報活動によって「信頼の土台」が築ければ、中長期的に商品の売り上げが増えたり、欲しい人材が採用できたり、何か問題が発生した場合でも問題が大きくなり過ぎずに済んだりといったメリットが得られるようになります。その意味で広報もいずれかは売り上げに貢献することになりますが、それは結果であり直接的な目的ではないということです。
――この本では「ダメ広報部の失敗例」として、経営者が広報を「無料の広告」と勘違いしているケースを取り上げています。実際、そういう会社は少なからずありそうですよね。
松田 広報になじみのない人は広報と広告の違いをほとんど意識していません。それは仕方のないことですが、広報担当者がそれに振り回されてはいけません。記事はあくまでもメディアのものであり、どうしても自社の思惑通りの記事を載せてほしいなら、きちんと対価を払わなければいけません。多くのメディアはタイアップという形で「広告記事」のメニューを提供しているのですから、それを利用すればいいのです。
――広告を通して商品を買う人もたくさんいますからね。
松田 ただし、お金さえ出せば出稿できる広告は、簡単には信用されません。記事の場合は、メディアが有用な情報だと判断しない限り載ることができませんが、逆に言えば記事になっているということは第三者視点で一定の評価が得られていることになります。メディアを通して自社のポジティブな情報が広がれば、それによって少しずつ会社としての信頼を獲得することができます。メディアリレーションを重視すべき理由はここにあります。それを理解せずに、「無料の広告」感覚でメディアに自社の情報を押し付けると敬遠されてしまいます。
――自社の売り込みに前のめりになればなるほど、記者はドン引きしてしまう。
高橋 「何とか●●新聞で取り上げてほしい」と必死な経営者に振り回されて苦労している広報担当者は日本中に大勢いると思いますが、そのようなアプローチも必ずしも有効ではありません。なぜ「●●新聞」に載る必要があるのか、まず目的を明確にすることから始めるべきです。自社の潜在顧客に訴求したいのか、求職者にリーチしたいのか、そこで何を知ってほしいのかをよく考えて、「この情報に興味を持ちそうな人が読むのが●●新聞だから、取材を提案しよう」というプロセスを経ることとが重要です。検討の末、取材を待つよりもマーケティング活動の一環として広告を出稿する方が早いという判断もあり得るでしょう。はじめに媒体ありきで考えるのではなく、目的達成に向けてより建設的なアプローチを選択してほしいと思います。
――そんなプロセスをデザインできる専門人材として広報担当者の存在意義があるということなのですね。しかし小さな会社の場合、たとえそれを理解していてもなおリソースが不十分で、トップラインや業務遂行に不可欠な部門への投資を優先せざるを得ないという事情もあるかと思います。
松田 本書では、「広報部立ち上げの5つの条件」(1. 自社オリジナルの強みがある、2. 広報活動の目的が明確化している、3. 一定の予算が確保できる、4. 担当する人員が確保できる、5. トップが広報活動にコミットしている)を紹介していますが、この条件がそろっている会社はすぐにでも広報活動を始めるべきだと考えます。5つの条件とはすなわち、自社の経営戦略を踏まえた適切な広報活動を継続的に行うための条件です。会社としての信頼を得るためには地道に情報発信をし続ける必要があり、とても時間がかかります。ですので、B2C企業はもちろん、一般的に広報活動が難しいと言われるB2B企業であっても、条件がそろったらすぐに広報活動に取り組むべきと考えます。
――この本ではB2B企業の広報の難しさについても触れています。B2B固有の課題とはどのようなものでしょう。
松田 一つには、メディア取材の機会が得にくい点があります。B2C企業の商品は広く一般の人が手にする商品なので、その情報を求める人の数が多く、取材しようとするメディアの数も多くなります。B2Bはその逆で、ごく狭い市場でしか流通しない商品もあります。情報を求める人や会社が少なければ、メディア取材の機会は少なくなります。また当然、中小企業は大手企業よりも取材機会が少なく、広報活動の難易度がさらに高くなります。B2B企業の場合は、上場している大手や老舗企業でさえ広報活動を積極的には行っていない会社もあります。
――「5つの条件」が整っているのに広報活動を軽視しているということですね。
松田 B2B企業の場合、長年の企業活動によって市場に会社や商品が十分に認知されており、評価が確立されているので過度なマーケティングや広報活動をする必要がない会社が存在します。事実、通常の営業活動だけで問題なく成長してこられたのですから、それはそれで素晴らしいことだと思います。ただし、社会環境や顧客の価値観が変化し続ける中で、今後もずっと広報活動をしなくても大丈夫とは決して言えません。
――引き合い依存だけでは需要が先細るリスクがある。広報活動に消極的な会社の末路はどうなってしまうのでしょうか。
松田 「商品が順調に売れているから広報活動をしなくても大丈夫」という時代はすでに終わっています。インターネットやSNSが人々の生活の一部となり、グローバル化が進む中で会社を取り巻くステークホルダーは増え続けています。企業ガバナンスの観点からも、目の前の顧客しか自社を理解していないというのは危機的な状況と言えます。競合を含めた多くの会社が自社の理解促進のために広報活動を始めています、そうであれば情報の波に埋もれないため、広報活動を通して自社が大切にする価値観や強みなどを言語化し、ステークホルダーに適切に伝えていくことが重要です。
――最後に、この本をどんな人に読んでほしいですか。
松田 企業成長につながる広報活動について知りたい、これから広報部を立ち上げたり本格化させたいと考えているスタートアップ、中小企業の経営者や広報担当の方にぜひ読んでいただきたいと思います。広報活動の最適解は各社によって異なりますが、一方で、小さな会社が企業成長につながる広報活動を始めるに当たって「必ず知っておくべきポイント」「ベーシックな手順」というのは確実にあります。今回それをまとめましたので、効率よく的確に広報活動を行うための参考にしていただければと思います。
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