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インタビュー

「データドリブン」の文化が根付く企業ではなぜ女性の活躍が進むのか 香川晴代×松下恭子対談デジタル広告業界における女性活躍を語る【後編】

プログラマティック/デジタル広告の領域で女性の活躍が進む理由の一つとして浮かび上がったのが「データ」を軸に意思決定が進む組織の在り方だ。ここには業界を越えて経営層が学ぶべきヒントがある。

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 プログラマティック/デジタル広告に携わる女性のコミュニティー「The Women in Programmatic Network」の日本の代表を務める香川晴代氏(Index Exchange日本担当マネージングディレクター)と松下恭子氏(WPPジャパンCEO)による対談の後編をお届けする。

「せっかく育った人が会社を出て行ってしまう」は悪いことなのか?

――活躍しやすいデジタル広告の世界でも女性のリーダーは少ない。これは何故なのでしょうか。

松下 日本に関して言うと、意欲はあるとは思うんですけれども、今やっていることの先にどういうオプションがあるのかが見えるような環境が少ないと思います。デジタル系でも日本にある全部の会社で環境が整っているかというと、まだできていないんじゃないでしょうか。

香川 私が所属しているIndex Exchange(本社:トロント)では今ちょうどパフォーマンスレビューをやっています。目標への達成度について振り返るとともに、「私は何年後にこんなふうになりたい」みたいな会話を定期的に自分の上長とするのです。私が今までいた会社はほとんどが外資系ですが、どの会社もこのようにキャリアの話を常にしています。社員は皆向上心があって、新しいスキルを身につけて、何らかの形でステップアップしていく意欲があるっていう前提があるからです。ところが、私の知り合いでキャリアコーチをしている人が日本の会社に社員研修を提供する立場で私が今言ったみたいな話をすると「やめてください」って人事が言うらしいんですね。それを言われると離職者が増えてしまうって(笑)。

――あなたがやりたいことは何か、ここでそれができるかと突き詰めていくと会社を辞める選択に行き着いてしまうのですね。WPPはリスキリングに力を入れているという話でしたが、スキルアップした人が出ていってしまうという心配はないんでしょうか。

松下 デジタルの世界では人の動きは止められません。私の経験上、日本であれアジアであれグローバルであれ、全部共通してるのは、デジタル人材は動くということです。でも、私はそれでいいと思っています。出ていくときにはもっと輝けるところに行ってほしいし、経済や社会に貢献するようなスキルを持って世の中に出てもらいたい。逆に、入ってくるときには持っているものを全てDay1から持ってきてほしい。

――出ていこうとする人を無理やり社内にとどめようとしても仕方ないと。

松下 とどめようとするのではなくて、ここにいたいと思ってくれるような環境を提供することが大事なのではないでしょうか。入りやすいし、楽しいし、勉強もできる、 この人たちといるとワクワクすると思ってもらえるように。WPPは日本には13社あるので、選択肢はいろいろあります。まさにジャングルジムで、こっちに動いてちょっと違う景色を見てみようかということができる。スキルのある人たちがいい意味でできるだけ長くいられる環境を作りたいと考えています。それでも、私たちの親の世代のような感じで同じ会社にずっと居続けることというのは、私はもうないと思っているので、経営層はそこの部分のメンタリティーを変えなければいけないと思います。

――長くいてくれるけど大して育たない人と、いつか出ていってしまうかもしれないけれどすごく成長する人だったら、やはり後者と仕事したいということですね。

松下 圧倒的に後者の方がいいです。その人たちと何年か経ってまた一緒に協業できるときには絶対に素晴らしいことができるじゃないですか。組織を越えて皆で一緒に何か良いことをしようと集まったときに、協力してもらえるいい人材を輩出する会社になりたいです。卒業してもらってもいいので、 その代わりいい人材、いいリーダーになっていてほしい。

女性活躍のために経営層がすべきこと

――デジタル広告業界に限ったことではありませんが、女性の活躍が思うように進んでいない企業は多いと思います。そんな悩みを抱える経営層にどんなことを言いたいですか。

香川 意欲を持って仕事を一生懸命したい女性の声をもっと聞いてほしいというのがまず一つ。あと、デジタル人材は動くということで言うと、雇用の流動化を認めて採用選考も自由にした方がいいかもしれません。日経平均株価が史上初めて4万円を記録するなど明るい話題もありますが、残念ながら人口減には具体的な策がなく、今後の日本経済の先行きについては不安が伴います。 日本を元気にしていくためには、女性やハンディのある方、定年を迎えた人たちにもどんどん活躍してもらい、労働人口を維持していく必要があると思います。すでに「ウーマノミクス」などと言われていますけれど、 そこにはもっとオポチュニティーがあるはずです。2030年までに大手企業の女性役員比率を30%以上とする政府の目標がありますけど。まずはこれを本当にやっていくことが大事。

松下 DEI(多様性、公平性、包摂性)が大切とか、認識は広がっていると思うんですけど、経営層の方は本当に現状を変えたいと思っているかというところですね。もちろんそう思っている方もいらっしゃるけれど、どちらかというと実行者は人事部門が中心というケースが多いように思います。でもそれは経営者マターです。経営者は責任者として自社のアクションについて、いいことも悪いことも進んでいることも進んでいないことも自分で話さなければいけない。トップが自分ごとにしない限り何も変わらないんです。「2030年までに」と、ゴールはいつも見えているのに、その間何がどう動いてるか全然分からないのでは駄目。きちんとアップデートして、アクションを見える化して話していく必要があります。まず、議題をテーブルに載せて皆で話せるようにするっていうのが、なかなかできてないので、早くそこに行き着きたいですね。

香川 今のお話を聞いていて思い出したんですけど、当社には「Index Voice」という、社員が経営層を評価する機会が年に2回あるんです。いろいろな項目があって、経営層を信頼しているか、会社の将来性を信じているかといった項目から、上長はあなたの成長を支援しているか、マイクロマネジメントを受けていないかといったことまで結構具体的に聞いていて、集計結果が数値で出されます。こういう社員のサーベイみたいなことをする会社は他にもありますが、当社が特徴的なのは、結果を全社員が参加する会議で発表するのです。これが去年よりも悪かったとか良かったとか。そこで例えば「ラーニングの機会がない」と考える人が増えているといった結果が出たら経営者は「来年はここのところを整備します」とコミットします。そのゴールに対して何をやるべきかが指標化されて、次の会議ではそれができたかどうか報告するのです。ゴールに対してどれだけ進捗があるか、何を目標に何をしようとしているのかという、アクションに対する透明性があると社員からの信頼が得られます。

――経営層への評価まで数字でオープンにされて、フィードバックから改善のプランを立てて、KPIを見ながらPDCAを回す。これってデジタル広告の運用の在り方と近しい行動原理ですよね。

松下 確かに似ていますね。フィードバックのループには終わりがないし、常にちゃんとデータを取って分析をしながらインサイトを読み解いて、それに対して何をやるかっていう次のプランを作って実行していく。その繰り返しで改善が進み、もっと上に向上されていく。

香川 もちろん、改善に当たっては、人事のチームがフォローしてくれます。去年と比べてここが下がってるけど何か問題があるのかと相談にのってくれて、原因を分析して改善のアクションを取っていく。会社全体にデータドリブンが浸透していて、何でも見える化していく考え方がベースにあるのとは言えますね。

コロナ禍で学んだことを生かす

――近年の大きな変化として、やはりコロナ禍の影響は無視できません。リモートワークが浸透したことで、子育て中の女性が働きやすくなったという声も耳にします。ワークスタイルの変化は女性の活躍にどう影響してくると思いますか。

松下 働き方に選択肢が増えたという意味では、男女問わず、変化をポジティブに捉えているところは絶対あると思います。もちろん、家庭環境とか個人的なさまざまな理由でもっとオフィスに行きたいという人もいますので、人それぞれの状況をちゃんと理解してあげることの重要性というのが、コロナ禍で私たち全員が学んだことだと思います。そういう意味ではマネージメントとして臨機応変にやっていかなければいけないなっていうのはあります。クライアントのオフィスでプレゼンするとか、本当にチームで力を合わせて提案を作っていく場合には必然的にオフィスに戻ってくるし、柔軟な働き方をするのが大切です。

香川 対面でやれることのありがたさもあるし、逆に満員電車はもう無理とか、私自身もいろいろ感じることがありますけども、やはりフレキシブルにうまくハイブリッドワークで成功していくのが理想かなと。コロナがなければ日本人は多分ずっと毎週5日間、満員電車で通って遅くまで残業するというところから脱することが難しかったと思うんですね。そういう意味では私はすごくポジティブな変化が社会に起きたと考えています。

松下 女性に限らずですが、リモートワークは例えば地方にいる人にも東京のビジネスに関わってもらうとか、いろいろな人材をいい意味で巻き込むソリューションになっていますよね。今のテクノロジーでできることはコロナを通して証明されているので、 私たちも、福岡や北海道、大阪などの方をメンバーに迎えるなど、いろいろな意味で新しい働き方を広げられていると感じています。

――デジタル広告を生業にする女性にとっては、ますますフレキシブルな働き方ができるようになってきていると言えそうですね。最後にこの業界に入ってくる女性に向けて、あらためてデジタル広告の仕事の魅力を訴求していただきたいのですが。

香川 私はテクノロジーが好きでこの業界にずっといます。すごいスピードでいろいろな変化が起こる中で、自分自身が新しいテクノロジーを学んで、 クライアントのためにそれを提供していく機会に関われるのは大きな魅力です。テクノロジーの発展とともに自分自身もステップアップしていく機会がすごく豊富にある。

――逆に、難しいことってないですか。

香川 その変化についていかければいけない大変さはあります。例えば、2024年後半にGoogleがChromeブラウザでサードパーティーCookieを廃止することが伝えられていますが、これはデジタルマーケティングの潮目が変わるような大きな出来事です。プライバシーを中心にマーケティングをやっていかなければいけないけれど、 業界全体で取り組まなければならない大きな問題にどう対処すればよいか。本当に柔軟性だったり適応力だったりが試されています。 でもそれが面白いと思っているから続けているんですけれど。

松下 英語で“The world is your oyster”っていう言い回しがあるんですけれど、デジタルの世界っていろいろ思いがけないことがいっぱいあるし、動きも早いので、楽しいと思うんですよね。 でも、何を面白いと思うか、ワクワクするかは人それぞれなので、そこは自分に正直であってほしいと思います。世の中がデジタル化したからといって皆がデジタルに関わる職に就きたがるのは違うと思うので。この業界が伸びているからとか、右に倣えでブームに乗ってしまうと、今までと何も変わりません。興味がないのに続けるとどこかで苦痛になると思うんですよ。だから自分のワクワクを知って、それがこの世界に見つけられるなら、進んだらいいんじゃないかなと思います。楽しめる人にとっては、デジタルの世界は素晴らしいプレイグラウンドですから。


松下恭子氏(左)と香川晴代氏

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