女性の働く場所としてのデジタル広告業界に今何が必要なのか 香川晴代×松下恭子対談:デジタル広告業界における女性活躍を語る【前編】
3月8日の国際女性デーを記念して、Index Exchangeの日本担当マネージングディレクター香川晴代氏とWPPジャパンCEOの松下恭子氏に、プログラマティック/デジタル広告の分野において女性の活躍の場をどのように広げることができるかを語ってもらった。
ジェンダー平等と女性のエンパワーメントの推進は重要な社会課題であると同時に、企業の持続的な成長にとっても欠かせない前提条件の一つだ。これは業界や職種にかかわらず共通のテーマと言えるだろう
プログラマティック/デジタル広告業界の女性に機会とサポートを提供するグローバルな動きとして2020年にスタートしたのが「The Women in Programmatic Network」だ。カンヌライオンズや世界各国のさまざまなイベントでオープンな意見交換や交流を通じてお互いをサポートする場を提供しており、日本版は2023年5月に立ち上がった。花王の鈴木愛子氏(コーポレート戦略部門 デジタル事業創造部 部長)など、業界のアイコン的メンバーも参加している。日本版の代表はアドエクスチェンジ・SSP事業を行うIndex Exchangeの日本担当マネージングディレクター香川晴代氏が務めている。
本稿では、3月8日の国際女性デー(※)を記念して、香川氏とWPPジャパンCEOの松下恭子氏の対談を実施し、プログラマティック/デジタル広告の分野において女性の活躍の場をどのように広げることができるかを語ってもらった。
※注:国際女性デーは国際婦人年である1975年の3月8日に国連で制定され、ジェンダー平等と女性の権利の推進を祝う日と位置付けられている。米国などでは国際女性デーを含む3月を女性史月間としている。シンボルは黄色いミモザの花。
デジタル広告業界の女性がキャリアについて話せる場を作る
――香川さんが発起人となって日本でThe Women in Programmatic Networkの活動に取り組もうとした理由は何だったのでしょう。
香川 長いこと組織の立ち上げや事業拡大に取り組んでいるので、私はいつも何かしら採用活動に携わり、同じ業界のさまざまな女性たちにお会いする機会があります。その中では、応募してきてくださった方のプロファイルが私たちが探している方とマッチせず採用をお断わりすることもあるのですが、『今回は残念ですが、今後も連絡してもいいですか』と言われることが、何回もあったんですね。キャリア相談とか、できたらメンターみたいなことをしてもらえないかと、さまざまな年齢層の女性から言われるのです。できる限りお話を聞くようにはしているのですが、そういうのが重なって、さすがに私一人ではサポートできる人数も範囲も限られてしまうと思いました。
香川晴代
かがわ・はるよ Index Exchange日本担当マネージングディレクター。2000年よりデジタル広告業界でのキャリアをスタート。DACの国際事業部、オーバーチュア(現ヤフージャパン)、アマゾンジャパンにて、日本での広告事業立ち上げに関わり、広告営業、事業開発部門の管理職を歴任。Facebook Japanにて執行役員、動画アドテクノロジーのUnrulyにてカントリーマネジャーとして勤務の後、2019年12月より現職。2016年にCampaign Asiaの「Woman to Watch」選出。2022年に第10回Webグランプリ「Web人賞」受賞。
――たまたまそういう人が一人いたというのではなく、何回もあったのですね。
香川 社内や社外に相談できる先輩とか、もしくはサポートする仕組みがあれば皆そちらに行くんでしょうけれど、それがないんだなと、すごく痛感しました。ならば、業界の女性たちのよくある悩み事をお互いに議論したりサポートし合ったりする、クローズドで安全な場所ができないかと考えていました。海外のThe Women in Programmatic Networkはすでに欧米やオセアニアで活動実績があって、私の所属するIndex Exchangeの同僚にも活動に関わってる人たちが何人かいます。私がパーソナルミッションで業界の女性を応援していきたいって言っていたら、「あなたもやりなよ」って背中を押してもらえました。
――具体的にはどういう企業からの参加者が多いんでしょうか。
香川 広告会社やデータ分析企業、メディア、私たちのようなデジタルテクノロジー企業など、所属先はさまざまです。日本のメンバーは今、100人以上います。どんな活動をしていくべきか、もしくはどんなプログラムがあったら役に立つかみたいなことを皆さんに聞きながらやっています。
――女性活躍の推進は経営における重要なテーマの一つです。日本のWPPにおける女性比率って今どのぐらいなんですか。
松下 プログラマティックとかデジタルの部分でいうと女性比率は56%で、メンバーの半数以上を占めています。新しいエリアであり、年齢的にもデジタルにネイプティブな若いメンバーが多いので、女性がこれから成長していく環境をこれからもっと開拓できるんじゃないかなと思っています。ただ、リーダーとなると海外に比べてまだ少ないのが正直なところです。最低でも30%は女性のリーダーシップがほしい。
松下恭子
まつした・きょうこ WPPジャパン最高経営責任者(CEO)。グリーのバイスプレジデントやソニー・ヨーロッパのマーケティングコミュニケーション責任者、エレクトロニック・アーツのEMEAおよびAPAC担当オンラインゲーム・マーケティング責任者などを経て2014年にWPP傘下のデジタルエージェンシーのエッセンスに入社。アジア太平洋地域CEO、グローバルチーフクライアントオフィサーを経て2019年にグローバルCEOに就任。2022年4月より現職。AKQA、BCW、オグルヴィ、グレイ、グループエム、ホガース、ランドー、VMLを展開する日本市場でWPPの事業を統括する。マーケティング業界メディア「The Drum」では世界有数のデジタルマーケティングリーダー、Campaignではアジア有数のCEOとして表彰される。
――欧米の広告会社では女性が経営層にいること自体は今それほど珍しくないですよね。いわゆる「ガラスの天井」というか、女性が上級ポジションやリーダーシップの地位に到達する際に存在する見えない障壁や制約は比較的少ないように感じていますが。
松下 私もガラスの天井は感じたことはなかったんですけど、以前はやはり女性リーダーが本当に数が少なかったので、メンターになってくれる人があまりいなかったというのはありますね、なので、晴代さんともよく話してますけど、若い人の相談に乗ったり勇気づけたりできる女性リーダーが普通にいる環境を今の自分が皆のためにもっと作りたいとは思っています。
香川 広告の世界も今デジタル化が進んで、メールをeメールって言わないのと同じような感じで広告の中にデジタルが包含されるようになっていますが、やはり広告ビジネスそのものは日本でも150年以上の歴史があって、一般的には伝統的なカルチャーを踏襲しているように見えます。ただ最近は多くの企業がDXを推進するようになって、デジタル人材がいないと事業そのものの根幹に関わるっていう時代になりつつありますよね。デジタルに明るい人材をどんどん起用していこうとなると、性別や年齢を問わずスキル重視の人材登用が進むので、そういう意味ではデジタルが広告業界、もしくは業界を超えてさまざまな格差の緩和を促進していると思います。
デジタル広告の仕事は女性に向いているか
――もともとデジタルから出発した会社だと、カルチャーも全く違いそうですよね。職業として見たとき、お二人がデジタル広告が女性に向いていると考えている点があれば教えてください。
松下 デジタルの世界では、男女もそうですが、国籍とかカルチャーの違いがあまり壁にならないんですよね。データという共通言語があるので見える化できているし、分かりやすい。レガシーな広告って、クリエイティブのよしあし一つとっても主観的な部分が大きいと思うのですが、デジタルの世界はデータドリブンなので、グレーゾーンがないわけなんですよね。だから入ってきやすいというのはあるし、ダイバーシティーもあると思います。実際、当社のデジタル部門ではジェンダーもそうですけど国籍も多様で40%くらいは外国籍の人が占めています。入りやすさだけでなく仕事のやりやすさも絶対あると思います。何をやればどう自分が成長できるのか、基準が明確で、組織も年功序列的なヒエラルキーがないので、自分に実力があれば認められていく。
香川 子育て中の女性って、育児や家庭と仕事のバランスを取りながらタイムマネジメントしていくスキルが高い人が多いと思うんですね。あと15分で仕事を終わらせて保育園のお迎えに行かないとみたいなタイムプレッシャーの中で優先順位を決め、いろいろなことをこなしていく。運用を伴うデジタル広告の仕事って、結果に向けてキャンペーンをどう最適化していったらいいかというところで、プライオリティーを定め、スピード感のある意思決定が求められるんですね。生活の中で鍛えられた女性のスキルっていうのはそこにフィットするんじゃないかなって思います。
松下 付け加えると、デジタルネイティブの女性にとってこの業界は、より入りやすいと思います。デジタルだからフレキシブルで、自分が今取り組んでいる仕事にどこからでもアクセスできる。その意味では男女問わず皆が入りやすいし働きやすいと思うんですよね。物理的にどこかに集まるときは集まるけど、たいていは集まらなくても物事は動いていく。
人生はジャングルジムだから
松下 もう一つ、リスキリングという観点からもデジタル広告業界は女性にお薦めできます。人は何歳になっても新しいことを学べるし、学びたいと思っているはずです。もちろんやるかやらないか、やるとしてそのタイミングがいつかというのは、人それぞれですが、学ぶ機会は増えているはずです。WPPもそうしたニーズに応えるために社員向けのアカデミーを開講しています。そこではやはりデジタルの世界のことを学びたいという意識を持った人が増えているんですが、30代や40代の女性が手を挙げてくれるようになっています。学んだ結果、実際にデジタルの部署に移った人もいます。
――学びたい意欲を持つ人が女性に多いのは、何故なんでしょう。
松下 これは私の個人的な考えですが、自分の人生の過程で、出産など、ちょっとスローダウンするときに、そこで自分の優先順位、仕事は大切だけど家族のこともやる、後でこういうことをやりたいといった意識を常に持ってるんですよね。よく海外では「ジャングルジム」と表現しますが、ジャングルジムって登り方もいろいろな形があるじゃないですか。いろいろなことを学んだら登り方も増えて、登ったところからいろいろなものが見えるようになる。そういう好奇心がある女性は多いんじゃないかな。日本はそういう学べる環境をもっと作ったら、もっと女性が伸びると思うんですよね。
――先ほどの香川さんのお話と合わせて考えると、女性は日々のタイムマネジメントで小さなPDCAを、自分のキャリアを棚卸して将来どうすべきかを考えて大きなPDCAを回している感じなのかもしれませんね。
松下 もちろん、それは結婚しているからとか子どもがいるからということだけではありません。自分の人生を歩む中で、誰でも絶対キャリアを振り返るようなポイントはあると思うんですが、女性は基本的にコミュニケーターなので、そういうことを女性同士で話したいことがあると思うんですね。私も、決めるのは自分だけど、誰かと話すことで勇気ももらうし、話すことで自分が見えてくることもあります。夫には「そんなことも話してんの?」って言われますけど(笑)
香川 The Women in Programmatic Networkの狙いはまさにそこにあります。
松下 当社にもデジタルとかプログラマティックの領域でやってる女性メンバーが200人弱いるので、ぜひ社内でももっと輪を広げていきたいです。
香川 恭子さんのような方が、日本で大きなエージェンシーグループのトップになったのはとても象徴的なことで、いろいろな方たちがエンパワーされる機会が増えていったらいいなと思います。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.