パナソニック コネクトのB2Bマーケティングにおける生成AI活用例3選:「ConnectAI」の使い方
2023年に入り、OpenAIの「ChatGPT」をはじめとする生成AIが社会的なブームを巻き起こしている。ビジネスでの積極活用に取り組む先進企業も現れ始めているが、マーケティング領域ではどんな使い方ができるのか。パナソニック コネクトの事例に学ぶ。
パナソニック コネクトは2023年2月より、Microsoftの「Azure OpenAI Service」を活用したAIアシスタントサービス「ConnectAI」(※)を社内向けに提供している。
※開始当初の名称であった「ConnectGPT」から改称。
ConnectAIの機能はChatGPTとほぼ同じで、質問への回答、文章の作成、長い文章の要約、翻訳などの多岐にわたるタスクを実行できる。具体的な使い方は、ConnectAIの画面の左側にあるプロンプト入力欄から質問やリクエストを入力するだけ。裏側で動いているLLM(大規模言語モデル)は基本的に「GPT-3.5」だが、必要に応じて「GPT-4.0」も選択できるようにしている。
生成AIを禁止したところで、どうせ皆隠れて使う。ならば正々堂々と、「Microsoft Azure」のセキュアな環境で安心して利用可能にして全社員のナレッジを蓄積することを優先しようというのがパナソニック コネクトの基本的な考え方だ。
もちろん、マーケティング部門でも積極的な利用が進んでいる。パナソニック コネクトのデマンドセンター業務を担う岸徹氏(デザイン&マーケティング本部 デジタルカスタマーエクスペリエンス統括部 デマンドセンター1課)に話を聞いた
B2Bマーケティング実務における生成AIの使い方
パナソニック コネクトでは、取締役 執行役員 ヴァイス・プレジデントである山口有希子氏が2017年12月に入社して以降、これまでイベント中心だったB2Bマーケティング業務を見直し、戦略立案とカスタマージャーニーに沿った施策を実行するやり方へのシフトを進めてきた。
岸氏は自らの業務内容を「お客さまが抱える課題をパナソニック コネクトの商材で解決できることを知ってもらい、比較検討を経て導入してもらい、長く使い続けてもらうという一連のプロセスの中で、継続的にコミュニケーションを行うこと」と説明する。そのための環境整備もデマンドセンターの業務の一部であり、MA(マーケティングオートメーション)をはじめとするさまざまなマーケティングツールを連携させて、施策の実行をサポートしている。状況によっては社内コンサルや社内SIのような仕事に携わることもある。
幅広い業務の中で岸氏がConnectAIを使う場面は、大きく分けて「マーケティング戦略立案時の調査と分析」「コンテンツ作成や改善でのアイデア出し」「プログラミング言語のコード記述提案」の3つだ。
マーケティング戦略立案時の調査と分析
パナソニック コネクトでは「Blueprint」と呼ばれるマーケティング戦略の設計図を関係部門と共有し、当事者全員の認識をそろえてから具体的な施策を実行に移すようにしている。岸氏がConnectAIを使っているのは、このBlueprintの下書きを作ることだ。ここで必要なのは、どんな顧客にどんな手段で何を訴求するか、ペルソナやカスタマージャーニーを整理することだ。例えば、運送業界を対象とする商材の場合、次のようなプロンプトを入力する。
「運送業界が抱える悩みを8個挙げてください」
「運送業界の社内システム導入に関わる人のペルソナを挙げてください」
岸氏のユニークな使い方はペルソナについての回答を見て、ConnectAIにペルソナを演じてもらい、ロールプレイングをしていることだ。以下のような擬似インタビューを行うことで、「仮説をよりリアルな形で理解できる」と岸氏は話す。
「あなたは○○です。私は××です。インタビューをしてもいいですか?」
「現在の業務で難しいと考えていることは?」
「どんな対策を実施していますか?」
リアルな仮説はカスタマージャーニーの分析に役立つ。例えば、検討段階のコンテンツがないと分かればコンテンツ制作を決めるなど、Blueprintの作成を通して顧客の期待と現状とのギャップを埋める施策が何かが見えてくる。
コンテンツ作成や改善でのアイデア出し
次は、AIに「壁打ち」の相手をしてもらう使い方だ。例えば、オウンドメディアのコンテンツへの流入を増やすメールの文案を作るとき、以下のようなプロンプトを入力する。
「以下の内容から始まるWebページを読みたくなるようなマーケティングメールの件名、プレヘッダー、本文、CTAを考えてください」
ConnectAIに複数の文案を作ってもらい、一番良いと思ったものを選ぶこともできるし、もっと長くしたり短くしたりの改善も依頼できる。また、CVRの悪いメールの改善アイデアを得るような使い方もできる。具体的には、例えば以下のようなプロンプトを入力する(ちなみに、改善前のメールは実際に使われたものではなく、悪い例としてConnectAIに生成させたサンプル)。
「以下のメールの改善点があれば挙げてください。その後で件名・プレヘッダー・本文の例を回答してください。件名:【緊急】今すぐ○○を買うべき驚きの理由! プリヘッダー:あなたが知らない○○の秘密が明らかに!今だけの特別オファー! 本文:……」
さらに、件名案を作るリクエストを出し、結果から最も良いものを選ぶ場合もある。プロンプトは以下。
「メールの件名案を8個挙げてください。また、健康を気にしている読者がその件名を見て読みたいと思えるかどうか、それぞれ100点満点で評価して、その理由も説明してください」
結果に不満がある場合は、納得が行くまでリクエストを繰り返す。見込み客の興味度合いに合わせてコンテンツを出し分けたり、コミュニケーションタイミングを改善するのに一定の手ごたえを感じているようだ。
プログラミング言語のコード記述提案
パナソニック コネクトではMAツールとSFA(営業支援)ツールから得られたデータの分析環境を「Snowflake」と「Tableau」を使って構築している。データスチュワードの役割を担うことのあるデマンドセンターのメンバーは、SQLを書く機会も多い。細かい記述方法を忘れてしまったり記憶のあいまいな部分を解説してほしかったりするとき、ConnectAIが重宝する。例えば、以下のようなリクエストを出してサポートしてもらう。
「SnowflakeのSQLで、t1とt2のテーブルをlead_idで左結合して、t1のcreated_dateが2023/01/01以降のデータを抽出、lead_scoreで降順ソートして、トップ10件を表示するコードを書いてください」
個人で調べる労力と時間が減るし、詳しい人に聞く必要もない。プログラミングでのAI利用は、自分では気づかなかったアイデアを得られるだけでなく、分かるまで自分で学べるメリットがある。「訓練用のデータの質が高いためか、感覚的に8割以上の精度で回答が得られる」というのが岸氏の感想だ。
利用解禁から3カ月で見えてきた課題と今後
パナソニック コネクトが2023年6月に開催した記者向けの説明会で公開した活用実績によると、ConnectAIの利用者数は国内の全社員約1万3000人、総利用回数もリリースから3カ月間で26万回に達したということだ。3カ月間で最も多かったユースケースは「質問」(59.7%)で、「プログラミング」(21.4%)、「文書生成」(10.1%)、「翻訳」(4.9%)などが続いた。
生成AIの導入に躊躇する企業が懸念するのが、不適切な利用によるリスクだ。この点についてパナソニック コネクトは、仮にプロンプトに有害な文言を入力した場合は回答しない機械的検知の仕組みを導入している。もっとも、3カ月間26万回の利用の中から検出した不適切なプロンプトはわずか84件で、最後に人間が行う目視チェックではいずれも問題ないと判断されている。
社員が安心して使えるような環境を提供し、適切に運用されてもいるが、社内では現在のConnectAIに4つの課題があるという認識が共有されている。
- 自社固有の質問には回答できない
- 回答の正確性を担保できない
- 長いプロンプトの入力が手間
- 公開情報であっても最新の情報には回答できない
このうち、最初の3点は改善策の目処がついている。
1番目の課題については、プレスリリースやWebサイトコンテンツなど、自社固有の情報の中でも公開されているものを格納するデータベースを別に作り、2023年9月に試験運用して現在はその評価を行っている。今後、試験運用で得た改善点などを基に、2023年度中に実際の業務への適用を目指している。
パナソニック コネクトのようなB2Bビジネスでは、扱う商材が多岐にわたる。製品やサービスについて分からないことがあったときにすぐ確認できるように、2023年度中の対応を目指す。
2番目の課題については、回答の引用元をURLで表示する機能、3番目の課題については、音声の入出力に対応する機能を開発中だ。最後の課題はOpenAIの仕様に関係するものだが、検索エンジンとの連携で対応が可能かどうか、検討している。さらに、2024年度からは組織での社員の役割に応じて回答を得られるようロールベースの制御を加える計画も進行中である。
技術の成熟をただ待っていてはいけない
冒頭で触れた通り、ConnectAIは全社員が正々堂々とセキュアな環境で安心して生成AIを使えるようにするために用意された。
もともとヘビーユーザーであった岸氏自身は「隠れて使わなくてもいいので助かる」と語るが、もちろんたまにしか使わない人たちもいる。毎日数分でも使う社員が少しずつ増えていけば、組織にとっての累積効果は大きなものになるはずだ。
多くのアプリケーションベンダーが自社の製品に生成AIを組み込もうと開発を進めている。マーケティング関連ツールも例外ではなく、むしろ最も急ピッチで進化が迫られている。ただし、その機能がこなれたものになるには、もう少し時間がかかるだろう。
「主要ツールに生成AI機能が実装されたときに備え、少しでも多くの社員がAIを使いこなせるようになっていることには大いに意味があると考えます」(岸氏)
まずは「習うより慣れろ」である。ツールが成熟するのを待ってから導入に着手しても、先駆者の背中は既に遠くなっているかもしれないのだから。
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