「せっかく記事になるんだから、いろいろ入れてほしい!」の大きな勘違い:B2Bマーケターのための「広報」入門【第1回】
企業都合で「いかに露出を増やすか」「いかにリード獲得につなげるか」だけを考えていては、広報はうまく機能しない。どうすればいいのか。
「誰もこんなことを教えてくれなかった」
「どの本にも書かれていなかった」
これは2022年の秋に「話題にしてもらう技術〜90.5%の会社が知らないPRのコツ」(技術評論社)というタイトルで書籍を出した後に読者から寄せられた言葉だ。
広報PRのことを正しく知ることは経営者や広報担当だけでなく、マーケティング担当にとっても大事なことだ。間違った理解で苦労しているマーケターも多いため、是非とも理解を深めてもらいたいと思ったことが、この寄稿のきっかけとなっている。
兼務も多いが「マーケティング」と「広報」は似て非なる職能
B2B企業のマーケティング担当として採用されたのに「広報も兼務してくれ、マーケと広報は似てるだろう」と言われ、見よう見まねで進めている担当者もいると聞く。小さな組織では起きがちなことだ。だが、広報活動はモヤっとして見えづらい。なんだかルールが分かりにくくて取り組みづらい。そう考えるマーケ担当も多い。
同じ担当者が兼務する場合もあるとはいえ、広報とマーケティングは本来別のものだ。広報はパブリックリレーションズ(PR)の訳であり、この2023年6月20日には日本広報学会がその定義として「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である」と発表したことで話題となったことは記憶に新しい。
でも、広報とマーケティングの活動は必ずしも矛盾しない
広報の定義にはリードの獲得は入っていない。とはいえ、資料請求数を増やすにしても、展示会で立ち寄ってもらうにしても、セミナーをやるにしても、メディアの記事の力や口コミの力は大きいことは体験している。記事に取り上げられた途端にセミナー参加者が集まったり、テレビに出た後にアクセスが集中してサイトが落ちたりする経験をした担当者もいることだろう。つまり、広報活動の一環であるメディアリレーションを強化し、メディア露出を獲得することは、結果的にマーケ担当自身のKPIであるリードの獲得に良い方向に働く可能性が高い。B2B製品であっても、製品選定の際に「想起できる最初の3社」から見積もりを取るケースが多いという通説がある。 その際、メディアの記事として取り上げられていることの信頼感は大きい。つまりターゲットとなる企業担当者に良い製品・サービスとして想起してもらえるようにメディア露出を増やす活動は、リード獲得のマーケティング活動と何ら矛盾しないのだ。
記者とマーケ担当のすれ違い
ここで、ある架空の企業のケースを紹介しながら、マーケと広報の違いについて見ていきたい。
事例
ある著名メディアから取材の依頼が入った。媒体資料を見ると購読者属性が自社のユーザー属性と合致しており、記事になることでリード獲得の効果もありそうだ。マーケティング担当者は送られてきた取材趣意書を確認し「せっかくだから来月開催のセミナー案内も入れてほしい。記事が出たらページビューも知りたいし、自社のトップページではなくて製品のランディングページにリンクを入れてほしい。問い合わせ先も記載してほしいし、完成前に記事を見せてほしい。」というリクエストを出したところ、記者からそれはできないとの返信が。何故?
このケースの場合、記事と広告の原則が分かっていない。注文をつけられないものに注文をつけている状況だ。
記事 | 広告 | |
---|---|---|
掲載場所 | メディア | メディア |
費用 | なし | あり |
内容を決定する人 | メディア側 | 広告主とメディア |
企業の問い合わせ先の掲載 | なし | あり |
アクセス数などの事後レポートの提供 | なし | あり |
掲載期限 | なし | あり |
事前の内容確認や修正 | なし | あり |
マーケティング担当としては「この活動は何件のリードが取れるか」という視点で物事を捉えがちだ。例えば、イベント主催社から「参加者の役職や連絡先の情報が入手できるセミナーでの登壇」が100万円で実施できるという提案と、「参加者の情報がもらえないセミナーでの登壇」が10万円という提案があった場合、料金が高くても前者が選ばれる可能性が高い。なぜなら後者は結果を上司に報告できない上に、セミナーの効果を測定するのが難しいからだ。
記事風広告(ペイドパブリシティー)やオウンドメディアのためにインタビュー記事を作る場合もそうだ。よりたくさんのリードが獲得できるようにと、ライターやカメラマンには内容に関する要望を出す。製品のランディングページへのリンクも問い合わせ先も入れる。
これらの「リードを取るための視点」が体に刷り込まれているので、広報としてメディアの取材を受ける場合であっても「リードはどうやって取れるかな?」「何件取れそうかな」「どうやったら多くリードが取れるかな」と脊髄反射してしまう。広報活動の効果はリードの数で測るわけではないのだが、ついあれこれとメディアに対して注文を付けてしまうのだ。
記者には違う世界が見えている
メディアからすれば、読者の興味関心と近い世の中の関心事に絡んでいる企業に取材し、それを基に記事を書きたいと思っている。それで多くの人に見てもらったり反響が大きかったりすれば「取材してよかった」「自分の題材の選び方や記事の切り口は世の中の関心事と合致していた」「読者に支持された」という成功体験につながっていくことだろう。そこには企業側の見込み客にリーチできるかどうかという視点はない。当たり前のことだ。
そもそも「記事」と「記事風広告」(記事の体裁になっているが料金の発生する広告)は似て非なるものであり、メディアが主体的に掲載する記事で、取材を受ける側が内容を細かくコントロールをすることはできない。取材の受け方の詳細は拙著で詳しく触れているのでここでは簡単に書くが、取材の趣旨やその記者の過去記事、メディアの特性を理解した上で、誤解のない情報提供を心がけることが中心となる。もっと言えば、要領を得ない説明や、記事にする素材が十分に提供できない場合は、取材してもらった記事がボツになる危険性さえあるので「記者を記事が書ける状態にして返す」ことが大事になる。
リード獲得の仕掛けの受け皿は自前で用意する
ならば、記事からリードを取ることは諦めなければいけないのかといえば、必ずしもそうではない。記事を受けてのリード獲得の仕掛けを自社側で用意すればいいのだ。ある企業では、新サービスが出てくるタイミングで、自社からメディア側に取材を持ちかけたり、記者説明会を開いたり、寄稿をしたりする。自社のステークホルダーが接するメディアで継続して露出できる仕掛けを設計するのだ。そして露出のタイミングに合わせてWebサイトを更新してセミナーの告知や新製品のカタログ提供を開始し、メールマガジンの購読者登録を増やし、資料請求もしてもらうようにしている。
なぜなら、記事を読んで「このサービスは面白そうだ」と思った人は大抵ネットで検索してサイトを訪れるからだ。そこに受け皿が作られていなければ、せっかくのサイトの訪問も無駄になり容易に離脱されてしまう。逆に、興味関心を持った人への受け皿作りをしておけば、記事そのものからリードが取れなくても、マーケ担当の要望は満たせる。メディアを熟知し、広報とマーケの関係が良好でうまくいっている会社は、この仕組みづくりがうまく回っている。
広報活動は本来、リード獲得のためにある職能ではないのだが、やり方次第ではリード獲得にもじわじわ効いてくる。せっかく兼務になったのなら、うまく生かして活動しない手はないと思うのだが、どうだろうか。
なお、皆さまの体験談や疑問、質問などをいただけるようであれば(info [at] b-comi.jp) にお送りいただきたい。編集長と相談の上、本連載にも反映させたいと思う。
執筆者紹介
加藤恭子
かとう・きょうこ ビーコミ代表取締役。アスキー、ソフトバンクで編集記者を経験後、米国ナスダック上場の外資系IT企業でのマーケティング/PRマネージャーを経て独立。企業向けセミナーやビジネススクール/大学などのゲスト講師を務める他、主に国内外のテクノロジー企業が適切な相手に情報を届ける仕組み作りと実務支援を行っている。青山学院大学大学院修士(国際コミュニケーション)、日本パブリックリレーションズ協会認定PRプランナー、日本マーケティング学会常任理事(PR担当)、サイバー大学客員講師(コミュニケーション論)。著書に「話題にしてもらう技術〜90.5%の会社が知らないPRのコツ」(技術評論社)、「デジタルで変わる広報コミュニケーション基礎」(宣伝会議、15章を担当)などがある。PR/広報について、「広報会議」「PR Week」などの専門メディアに寄稿している。
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