DX遅れまくり業界における挑戦 アステラス製薬が“脱プロモーションサイト”に向けてやったこと:「アステラスメディカルネット」刷新プロジェクトに学ぶ
DXが遅れがちなヘルスケア領域だが、顧客(医療従事者と、その先にいる患者)のニーズに応える必要はある。どこから変革に着手し、どう進めるべきか。「アステラス メディカルネット」刷新プロジェクトの事例に学ぶ。
医療・ヘルスケアの領域は一般にDX(デジタルトランスフォーメーション)が遅れがちといわれている。高い専門性が要求される上、人の生命に関わるサービスを提供していることから基本的には対面・接触型の活動が前提であり、規制も厳格だ。新しいやり方を取り入れる上で慎重にならざるを得ないところはある。とはいえ、業界を取り巻く環境は変わっている。個別医療へのニーズの高まりや医療の高度化に伴うステークホルダーの複雑化、コンプライアンスを守るためのプロセスの厳格化といった課題が生じており、これらを解決する上でデジタル化は不可避になっている。
マーケティングの観点でいえば、急速に変化する医療従事者やその先にいる患者の期待に応えるため、デジタルチャネルを通じた情報発信の在り方が問われている。高度で複雑な個別ニーズに応えるための情報を最適なタイミングで提供することが求められているのだ。もちろん、情報を正確かつ安全に届けることは大前提だ。
遅れがちだったデジタルマーケティングを高度なレベルで、しかもガバナンスやセキュリティを強く意識しつつ進めなければいけない――。他業界でも同様の悩みを抱えるマーケターは少なくないだろう。本稿では、アドビが2021年11月19日に開催した記者向けの勉強会の内容を基に、アステラス製薬の医療従事者向け情報サイト刷新プロジェクトの事例を紹介する。
「アステラス メディカルネット」刷新の背景
アステラス製薬は日本に本社を構え、世界中でビジネスを展開する大手製薬会社だ。前立腺がん治療薬「イクスタンジ」をはじめとする医療用医薬品の研究・開発で知られている。
医療用医薬品は取引形態でいえばB2Bのビジネスモデルに区分される。デジタルにおける課題は、主要なターゲットである医療従事者が情報収集する際の顧客体験向上だ。同社はこれまでもWebサイト「アステラス メディカルネット」を通じて医療従事者向けに製品情報を発信してきた。しかし、膨大な製品情報を過不足なく、しかも個別の興味・関心を踏まえた形で提供するという理想を実現する上で、従来の基盤では不十分なところがあった。
アステラス メディカルネットの刷新プロジェクトは2020年、こうした事情を背景にスタートした。前提となるのは「医療従事者の顧客体験向上」「製品基本情報の確実な提供」「多岐にわたる製品ポートフォリオそれぞれの課題の反映」「顧客理解を通じた製品戦略策定/実行のPDCAサイクル高速化への寄与」の4点だ。
デジタルチャネルを通じた医療従事者の顧客体験向上には、基盤を構築する上で多岐にわたるナレッジ求められる。そこで、「認知」「処方検討」「試用・採用」「利用拡大」といった顧客のステージごとに目指すべき顧客体験を定義し、そこに対してデジタルをどのように活用するか、具体的な方針を打ち立てた。
プロジェクトを担当したアステラス製薬の市原大輔氏(プロダクトマーケティング部 統括G デジタルコミュニケーションチーム係長)はアドビをパートナーに選び「Adobe Experience Cloud」を導入した理由として「アドビがコンテンツの管理とパーソナライズに知見があり、CMSからマーケティングオートメーションツールまでシームレスに連携する基盤がそろっていること、のみならず戦略やクリエイティビティーを含む幅広いナレッジを備えているから」と語った。
顧客体験向上に不可欠な他部門との連携
市原氏は、リニューアルのポイントとして以下の4つを挙げた。
- システム導入だけでなく戦略やデザイン、プロセスなどを含む一貫したプロジェクトマネジメントの実行
- 他部門との連携による、単なるプロモーションサイトから脱却
- コンテンツマーケティングの高度化とコンテンツの拡充
- グローバルでのナレッジシェアとAdobeプラットフォームの共通言語化
デジタル関連のプロジェクトにおいては、戦略策定はコンサルティング会社が、UI/UXはデザイナーが、システム導入はSIerが実行するといった形で、プロジェクトが細かく分断されることが多い。関わる人が多い分、調整する事柄も多い。一貫した軸を持って取り組まないことにはプロジェクトが完遂できない。そこで、前述したようにアドビをパートナーとし、戦略策定からUI/UX設計、システム導入まで全プロセスを横断的に進めた。
従来はマーケティング部門が日本製薬工業協会(製薬協)が定めるガイドラインにのっとり、プロモーション目的のコンテンツを粛々と提供していた。しかし、自社のカタログ情報を一方的に垂れ流すWebサイトでは、医療従事者の体験向上はかなわない。そこで、製品の宣伝に直接関わらない中立的な論文情報やQ&Aコンテンツなども充実させることにした。
そのためには医学情報を扱うメディカルアフェアーズ部門をはじめ社内のさまざまな部門と連携が必要になるが、システムが統一されていることで各部門が主体的にプロジェクトに関わりやすくなる。また、ガバナンスの観点からもコンテンツ基盤の一元化は重要な意味を持つ。
新サイトのKBO(Key Business Objective:定性的な目標)やKPI(重要業績評価指標)もマーケティング部門とメディカルアフェアーズ部門で共同作成した。何を達成すべきかを共有することで、相互に責任感を持ってプロジェクトに取り組むことにつながるからだ。また、導入したツールを皆が継続的に使いこなせるよう、トレーニングにも力を入れた。
コンテンツ基盤の刷新をきっかけにコンテンツマーケティングの業務フローも見直した。新サイトでは既存コンテンツの棚卸しをした上でそれぞれの目的を明確化し、同業他社とも比較した上で網羅しきれていないコンテンツを洗い出した。そうしてコンテンツマップを作成した上で新コンテンツ戦略の立案、作成支援を行い、コンテンツのラインアップを大幅に拡充させた。蓄積したノウハウはグローバルでも横展開していく予定だ。
リニューアルの成果
アステラス製薬はWebサイトの他にも広告やメール、医療従事者用SNSなどさまなデジタル施策を行っている。それぞれの裏側にあるシステムをAdobe Experience Cloudで統一することで施策同士がシームレスに連携できるようになった。「全体を俯瞰してPDCAを回せるようになったのは大きい」と市原氏は語る。
新サイトの立ち上げに要した時間は約1年。社内の多くの部門を巻き込みシステムの刷新とUI/UXの大幅な変更を伴った一大プロジェクトであることを考えれば、スピーディーな対応だったと市原氏は評価している。
リニューアルによって、集客と情報提供の両面で具体的な成果も挙がっている。具体的には、2021年10月までに医療従事者の訪問者回数が13%増加し、訪問者数も31%増えた。医療従事者向けのセミナーである「WEBシンポジウム」においては、導入前に比べてコンテンツの閲覧回数が117%増加、資材ダウンロード数は38%増加した。
「『WEBシンポジウム』は見てもらいたいコンテンツの筆頭。コロナ禍で医療従事者のデジタルへの親和性が高くなったこともあるが、ブランドチームがさまざまなPDCAを回しながら適正なコンテンツを届けたい顧客に届けることができた結果」と市原氏。こうした施策を継続し、デジタル顧客体験を強化して競争力につなげていきたい考えだ。
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