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これからの企業コミュニケーションを読み解くキーワード「ナラティブ」とは?本田哲也氏×池田紀行氏 対談【前編】(1/2 ページ)

話題書『ナラティブカンパニー』の著者である本田哲也氏とソーシャルメディアマーケティングの第一人者として知られるトライバルメディアハウス代表の池田紀行氏が「ナラティブ」を語り尽くす。

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『ナラティブカンパニー』(東洋経済新報社)

 本田哲也氏といえば「戦略PR」の概念を日本で広め、米国のPRプロフェッショナル向け専門誌「PRWEEK」で「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に選出されたPRの専門家だ。

 その本田氏の新著『ナラティブカンパニー』(東洋経済新報社)が発売された。同書では国内外の数々の企業においてPR活動を支援してきた本田氏が、コロナ禍で感じたPRおよびコミュニケーション領域の変化と、企業に求められる社会に対する考え方や関わり方を、具体的な最新事例を基に解説している。

 同書の核となる重要な概念が「ナラティブ(narrative)」だ。日本語では「説話」「文学」「物語」と訳されることがあるこの言葉は「ストーリー(story)」と同じものと解釈されがちだ。しかし、ナラティブは企業視点のストーリーとは似て非なるものだ。本田氏は「物語的共創構造」という言葉を使って説明するが、ここを理解するか否かは今後、マーケティングやPRなど企業のコミュニケーション活動に関わる者の在り方を大きく左右することになりそうだ。

 ナラティブとは何か。企業はナラティブになることでどのような果実を得られるのか。今回の対談の狙いは、それを読者と共有することにある。対談相手となるのは、かつて本田氏と共著『ソーシャルインフルエンス 戦略PR×ソーシャルメディアの設計図』(アスキー新書)を上梓したこともあるトライバルメディアハウス代表の池田紀行氏だ。トライバルメディアハウスは「ソーシャルエコノミーでワクワクした未来を創る。」をミッションに掲げ、消費者の熱狂を生み出すためのマーケティング活動支援事業とそれをサポートするSaaS事業を展開している。企業と個人の共創を通じた課題解決を目指す池田氏が『ナラティブカンパニー』をどう読んだのかについても、注目していただきたい。


「物語」の主語は企業じゃない

――最初に、『ナラティブカンパニー』を書いたきっかけについて本田さんにうかがいます。

本田 2020年4月に最初の緊急事態宣言が発出されましたが、その少し前くらいから、PRやマーケティングなど企業のコミュニケーション活動は今後変化が加速するだろうと感じていました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世の中を変えてしまった以上、企業も変わらざるを得ません。具体的な未来までは分かりませんでしたが、変化を前提としたコミュニケーション活動の在り方を世に問うべきではないかと思ったのがスタートで、そのための切り口の一つが「ナラティブ」だったのです。

 ナラティブを『デジタル大辞泉』で引くと「物語。朗読による物語文学。叙述すること。話術。語り口」と出てきます。この言葉は2019年にナラティブ経済学(Narrative Economics)を研究するイェール大学のロバート・シラー教授がノーベル経済学賞を受賞したことでも注目されました。ナラティブ経済学は、これまで主流だった行動経済学(Behavioral Economics)とは異なる新しい経済分析のアプローチで、あらゆる経済事象の背後にナラティブの力が作用しているという主張です。

 広告やPRの領域でもナラティブはバズワードとなりつつあります。一方で、この業界では従来、ナラティブに近い概念として「ストーリー」という言葉が浸透しており、単純にストーリーをナラティブと言い換えて使っている例も見受けられます。しかし、両者は似て非なるものであり、ここを混同すると進むべき道を間違ってしまう。日本でまだ本格的に解説している本がなかったので、自分が書いてみようということになりました。

本田哲也氏
本田哲也 ほんだ・てつや 本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト。成長型PR人材データベース「SCALE Powered by PR」ファウンダー。セガの海外事業部を経て1999年、世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年にスピンオフのかたちでブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。P&G、花王、ユニリーバ、アディダス、サントリー、トヨタ、資生堂など国内外の企業との実績多数。2019年より、株式会社本田事務所としての活動を開始。

池田 本田さんは著書の中でナラティブを「物語的共創構造」と定義しています。企業とユーザーが一緒になって商品を作る共創企画はトライバルメディアハウスの得意とするところでもありますが、共創の主役は、企業ではなくユーザーの側なんですよね。勘違いして企業主語を貫こうとするとうまくいきません。

 オウンドメディアの中でコーポレートメッセージを物語仕立てにして発信しても興味がある人しか見てくれないし、SNSで「SDGsを頑張っています」など自社の活動をアピールしてもエンゲージメントは高まらない。これが「ストーリーテリング」の限界です。

池田紀行氏
池田紀行 いけだのりゆき トライバルメディアハウス代表取締役社長 1973年、横浜市生まれ。ビジネスコンサルティングファーム、マーケティングコンサルタント、クチコミマーケティング研究所所長、バイラルマーケティング専業会社代表を経て現職。大手クライアントのソーシャルメディアマーケティングや熱狂ブランド戦略を支援する。日本マーケティング協会マーケティングマスターコース、宣伝会議講師。著書・共著書多数。

本田 最近はD2C(Direct to Consumer)がブームですが、人気のあるD2Cブランドは総じてナラティブです。米国の有名なD2CブランドのWebサイトをのぞいてみると、そこにあるのはまさに、消費者を中心とした物語で、企業の販売サイトという感じがありません。「プロダクト」「コーポレートヒストリー」などが並ぶ普通の企業サイトと全然違う。

池田 モノを売りながら同時に消費者と共に物語をつむいでいるのですね。D2Cを「直販」と訳してしまうと「消費者(Consumer)」が抜けてしまう、直販だけを売りにしてナラティブができていないD2Cブランドは早晩消えてなくなるかもしれませんね。企業・ブランドが主役ではいけないと気付くべきでしょう。

本田 皆が同じバスに乗るところをイメージしてみると分かりやすいと思います。企業主導のストーリーテリングでは、バスの所有者は企業。バスガイドもついて消費者がお客さんという関係です。しかし、ナラティブはそうではない。企業は一般のお客さんと一緒に、同じ立場で同じバスに乗る。もちろん、列の先頭に割り込んだりすることはしてはいけません。

池田 同じように列に並んで、だいたい4番目くらいに乗る感じですかね。何らかの理由で企業の人が降りてしまっても、バスは止まらない。

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