「TikTok For Business」の2020年 コロナ禍のブランド体験はどう変わったか:YSL「#YSLロックシャイン」キャンペーンなど
「TikTok For Business」として展開するTikTokの広告ビジネスの現状とこれからについて担当者に聞いた。
2020年は生活様式が大きく様変わりした。ウイルス感染のリスクを回避するため人々は外出を控えるようになり、活動の多くをオンラインへとシフトさせた。消費者行動の変化は製品・サービスを供給する企業・ブランドの行動に直結する。客足が遠のき顧客と対面する機会が激減する中で、デジタルチャネルで関係性を維持する取り組みは必須となった。
自社のことを知ってもらい、自社とつながり続けてもらい、製品・サービスを購入してもらうためには、広告への投資も欠かせない。だが、押し付けがましいアプローチでやみくもに宣伝メッセージをばらまくだけでは、かえって企業・ブランドのイメージを低下させかねない。願わくは、人々が前向きな気持になって集う媒体で、適切なターゲットに適切なタイミングで、楽しんでもらえる形でブランドを訴求したい――。そのように考えるマーケターにとって、ショートムービープラットフォームの「TikTok」は気になる選択肢の一つだろう。
TikTokの運営企業であるByteDance日本法人は2020年6月、従来「TikTok Ads」の名でTikTokの広告事業を担当してきた部門を「TikTok For Business」に改称した。リブランディングの背景には増大するニーズとそれに呼応したサービスラインアップの拡充がある。具体的にはどのような変化が見られたのか。TikTok For Business Japanの廣谷亮氏(Brand Strategy Director)に話を聞いた。
世界のTikTokアプリダウンロード数が20億回を突破
2020年はTikTokにとって大きなことが2つ起きたと廣谷氏は述べる。1つはTikTokのアプリダウンロード数が世界で20億回を突破したこと。その勢いは持続しており、Sensor Tower調べの月間グローバルダウンロードランキングでは5月から11月まで、連続して1位を獲得している。
もう1つが、広告事業を「TikTok For Business」の名でリブランディングしたことだ。7月には「TikTok Creator Marketplace」をローンチし、世界中の広告主とTikTokクリエイターがダイレクトにコミュニケーションを取れるプラットフォームも備えた。さらに、モバイル広告プラットフォーム「Pangle」も9月にロゴデザインを一新するなど、この領域のビジネスを加速させている。
「回答」から「回遊」へ
2018年頃まではTikTokに投稿されるコンテンツといえば自撮りやダンス動画が多かったが、2019年からは20代のユーザーが増加したことで、お笑いや動物、赤ちゃんなどの投稿が増えた。2020年はさらに、ユーザー層が30〜40代に拡大してコンテンツも多様になり、日常のビデオログが多く投稿されるようになった。先鋭的な若者向けのクールなメディアでありだけでなく、より幅広い層にとっての、生活に根ざしたプラットフォームとなりつつあるのだ。
そして2021年のTikTokはどうなるのか。廣谷氏は「直線的な『回答』から曲線的な『回遊』への転換」という表現で今後のトレンドを予測する。
「欲しい回答を求めてインターネットを検索する時代は終わった。検索するのさえも面倒くさがる人たちが回遊しながら情報を得る場が求められている。コンテンツも特定のジャンルが伸びるというよりも、多種多様に発信されるものを見る側が高速に取捨選択することになるだろう」(廣谷氏)
大量のコンテンツを回遊して楽しむTikTokの体験はテレビをザッピングしながら見るのに近いともいえる。TikTok For Businessが実施した調査によれば、主要ソーシャルプラットフォーム4社と比較して、TikTokユーザーは1.7倍も多種類の動画を見ている。
同調査では、「知らない分野や世界にも触れたい」(62.4%)、「もっと自分に必要な、合った情報があるんじゃないかと思う」(57.7%)など、未知への興味を抱くユーザーが多くいることが分かった。また、「世の中の情報を全て分かっているようで、実は一部しか知らないと感じている」ユーザーも72.5%に上る。検索は問いに対する回答は得られるものの、問いすらも想像できない分野や世界に触れることはできない。発見は、多種多様な情報に触れて回る中でこそもたらされる。
広告もコンテンツのうち
無目的に漠然と何か楽しめるものを見つけたいと思ってTikTokを訪れるユーザーは、広告に対しても比較的ポジティブな受け止め方をする。
TikTokはユーザーが興味を持っているもの、持つかもしれないものをレコメンドエンジンと人力で「おすすめ」に表示する。ユーザーは流れてくる短尺動画を次々とスクロールさせて大量に消費する。広告も流れてくるが、視聴を強制されることはない。見たいコンテンツがあるのにそこに割り込んできた広告を見ることを強いられれば不快なものだが、スキップ可能なのでストレスがない。興味がなければフリックして次に行けばいいだけだ。
逆に言えば、広告であっても気になるものであれば親指を止めてくれる。TikTokのフォーマットを生かしフィードになじんだ広告コンテンツにはハートマークの「いいね」やコメントがたくさん付くことも珍しくない。Kantarによる「グローバル広告エクイティランキング」の「2020年 世界の消費者・マーケターが好むデジタル広告プラットフォーム」消費者部門で「楽しい」「革新的」と評価されてTikTokは1位に輝いている。
「もし道ばたに何か落ちているのを見かけた場合、特に目的もなく散歩を楽しんでいる人は、目的を持って歩いているよりも足を止めて詳しく見る可能性が高いはず。広告でいえば、回答型の媒体に比べて回遊型のTikTokで発見された方が、自然にユーザーの気持ちに入る」(廣谷氏)。
広告が受け入れられやすい土壌はブランディングやエンゲージメントを考える上で大きなアドバンテージだが、TikTokの広告効果はそれだけにとどまらない。
TikTokでは、回遊しているユーザーに興味を持たせることができればそのまま購買に至る可能性が高いことが調査して分かったと廣谷氏は説明する。
「興味からいきなり購買へと駆り立てられる『興味突破』の購買行動が起きている」というのだ、主要プラットフォームとの比較でもユーザーが広告から計画外の購買行動を起こしたことがある割合は最も高かったという。
コロナ禍でリップの売り上げを前月比1.5倍にしたYSLの事例
TikTokの広告といえば初期はFMCG(日用消費財)や通信キャリア、エンタメ系が多くを占めていたが、2019年末頃からは自動車や家電、ラグジュアリー系化粧品などのブランドの出稿も増え、好反応を得ている。
2020年5月には日本ロレアルが展開するYves Saint Laurent Beaute(イヴ・サンローラン・ボーテ、以下、YSL)は、コスメブランドである「VOLUPTE(ヴォリュプテ)」シリーズの人気リップ「ROUGE VOLUPTE ROCK’N SHINE(ルージュ ヴォリュプテ ロックシャイン)」のキャンペーンを展開した。
リップスティックは毎年流行のカラーが変わり、ロングセラーになりにくい。さらにコロナ禍において店舗での体験ができない状況があった。そこで新作リップの新たな見せ方としてTikTok For Businessの広告商品である「ブランドエフェクト」を採用した。AR(仮想現実)技術により被写体にエフェクトを重ねられるのはTikTokの魅力の一つだが、これを使って唇にリップスティックのカラーが色づき、口をすぼめると他のカラーに変化するようにしたのだ。
「クライアントと話し合いを重ね、色見本を何度も見比べて色味の再現性にこだわった。この再現性のクオリティーの高さは弊社ならではだと考えている」(廣谷氏)
このキャンペーンで「#YSLロックシャイン」のハッシュタグをつけて投稿されたUGC(ユーザー生成コンテンツ)は約4000。エフェクト利用は約21万回に及んだ。疑似的なサンプリングとして上々の成果といえるが、そればかりでなく売り上げに関してもリップ単体でみると前月比で1.5倍に伸びたという。
情報過多の時代にあって広告は「邪魔なもの」「スキップされるべきもの」と忌避されることが多かった。だが、先述したようにTikTokにおける回遊型のユーザー体験は、広告をコンテンツの一部として受け入れやすいものにしている。加えてテクノロジーの力で広告が「楽しめるもの」「使ってもらえるもの」になっているとすれば、マーケターにとっては希望が湧いてくるのではないだろうか。
廣谷氏は「私たちと共にユーザーに寄り添って、ユーザーに楽しんでもらえる広告を作っていただきたい。マーケターの方々には、TikTokという場を使って大暴れしてほしい」と結んだ。
執筆者紹介
鈴木朋子
すずき・ともこ ITライター。iPhoneの日本発売以来、SNSやアプリなどスマートフォンを主軸にしたサービスを追っており、書籍や雑誌、Webに多くの記事を執筆している。スマホネイティブと呼ばれる十代のIT文化にも詳しい。著書に『今すぐ使えるかんたん文庫 LINE&Facebook&Twitter基本&活用ワザ』(技術評論社)など。
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