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「IoTは活用事例が出るまで様子見」では始まる前から負けているマーケターが理解するべき「IoTビジネスモデル革命」(後編)(1/2 ページ)

IoT(モノのインターネット)の時代、製品は「売るまでが勝負」ではなく「売ってからが勝負」。「購入」がゴールでない時代をマーケターはどう生き抜くか。

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『IoTビジネスモデル革命』 について

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 本稿を執筆した小林啓倫氏の著書『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)が好評発売中。
 自動車から家電、電球に至るまで、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」。大きな注目を集める一方で、いかにIoTをビジネスに組み込んでいくのかについては、多くの業界で試行錯誤が続いている。本書はB2CからB2Bまで、内外企業のIoTを活用したさまざまなビジネスモデルを紹介しつつ、今後企業がIoTとどう向かい合うべきかについて展望を語っている。


マーケターが理解するべき「IoTビジネスモデル革命」(前編)はこちらから


 バズワードの賞味期限は短い。あれほど騒がれた「ビッグデータ」も、Googleトレンドによれば、最近の検索頻度は2013年7月のピーク時の半分程度まで落ち込んでいる。最新のバズワードは、もちろんIoT(Internet of Things)だ(笑)。

 しかし、当然ながら、ビッグデータという言葉を耳にする機会が減ったからといって、ビッグデータの重要性が低下しているわけではない。前編「『人がいなくてもいい世界』のマーケティングはどう変わるのだろうか」で解説したように、IoTはあらゆるモノにスマートメーターを付けるに等しい技術である。今後IoTを通じて大量のデータが生まれ、世界に存在するデジタル情報の規模が爆発的に拡大すると考えられている。

 例えば調査会社のIDCは、2020年までにその量が44ゼタバイトに達し、2013年時点と比べて10倍になると予測している。つまり真のビッグデータ時代は、IoTが本格化するこれからやって来るのだ。こうした時代の企業、とりわけマーケターにはどのような心構えが求められるのだろうか。

「まだ存在しないデータ」の活用事例を待つ愚行

hitoe
機能繊維素材「hitoe」《クリックで拡大》

 NTT(持ち株会社)と東レが共同で開発した「hitoe(ヒトエ)」という機能繊維素材がある。この素材で作った肌着とトランスミッターを組み合わせることで、着用者のバイタルデータを収集できるという優れものだ。日常生活を送りながらリアルタイムで心電図のようなデータを収集できるのである。実際にNTTコミュニケーションズと東レが大林組や日本航空といった企業と組み、屋外作業員の安全管理にhitoeを活用する実証実験を行っている。

 ではhitoeには、どのような可能性があるのだろうかといえば、本当のところはまだ誰にも分からない。理由は簡単で、今の心電図のデータとは病院の中で取るものであり、日常生活を送る中でリアルタイムに収集され続けたデータ(そして、その蓄積)は存在しないからだ。

 もちろん、関係者らはhitoeの可能性を探るべく各方面の先行研究を調査している。とはいうものの、hitoeのような製品は他にない。ベッドの上で静かに寝ている人間ではなく、炎天下で作業する人間の体からバイタルデータを集めたら一体どのようなデータが蓄積されるのか。そしてそのデータから何が見えてくるのか。それを教えてくれる前例は存在しない。しかし、実証を積み重ねることで、これから多くの用途や価値が発見されるだろう。

 IoT時代には、このような「前例のないデータ収集と活用」が幾つも生まれることになる。人は1回のシャワーでどのくらいの水道水を使うのか(IoTシャワーヘッドで把握できる)、どのくらい頻繁に歯磨きしているのか(IoT歯ブラシで把握できる)、1日にどのくらいのゴミを捨てるのか(IoTゴミ箱で把握できる)――これらのデータから、どこまでの価値を引き出せるか、今の私たちには判断できない。

 ソクラテスは「無知の知」という表現で、本当に何かを理解するためにはまず自分が無知であると自覚する必要があると唱えた。現在の10倍ものデータが押し寄せる時代を目の前にした私たちは、文字通り「無知」の状態にある。まずはそれを意識することが、今後の行動を設計する際の大原則となる。

「リーン・スタートアップ」に学ぼう

 ではこれまでの知識が役に立たない環境において、ビジネスをどう組み立てれば良いのだろうか。参考になるのは、近年ベンチャーの立ち上げ手法として注目されている「リーン・スタートアップ」(※)である。

 これは簡単にいうと、仮説の構築、構築した仮説を検証できる必要最低限の機能を備えた製品(MVP)の開発、実際の市場でのMVP展開というプロセスを反復し、仮説検証を何度も繰り返すことで、不確実性が高い環境の中で少しずつ正解に近づいていくという考え方だ。正しい判断を行うのに必要なデータが十分に集まれば、当初の計画にはこだわらず、事業を大胆に転換すること(ピボットと呼ばれる)も容認される。

※起業家のエリック・リースが2011年に出版した『The Lean Startup: How Constant Innovation Creates Radically Successful Businesses』(邦訳『リーン・スタートアップ』は2012年に日経BP社から発売)でこの考え方を提唱している。

 事業環境が安定的であり、過去の延長線上でものごとが判断できるのであれば、長い時間と労力を掛けて計画立案と製品開発を行うことも許されるだろう。しかし、新たな技術やアイデアを土台として未知なる世界で急成長を目指すスタートアップには、そのような大ばくちを打つ余裕はない。間違いに気付いたときには、費やした資源が全て無駄になってしまうからだ。これは、IoTという未開の地に踏み込もうとする企業もまた同様だ。

 それを回避するには、顧客が与えてくれるフィードバックを、なるべく小さいコストで、しかもできるだけ短期間で手にするように心掛けなければならない。その際に参考になるのが、リーン・スタートアップの考え方だ。そしてIoT製品を企画する際には、これまで存在していた製品カテゴリであっても、新しい事業を生み出すのに等しい姿勢が求められる。

 また、前編で解説したように、IoT時代にはネットワークを通じてモノの価値を高め続けることが可能になる。製品の販売がゴールではない世界では、極端にいえば、製品の全ての価値を消費者の手に渡す瞬間までに実現させる必要さえない。その点でも、小さくスタートして検証と改良を重ね、大きく育てていくという考え方が応用できるだろう。

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