パナソニックが実践するCDP活用 コモディティ化した家電を「買ってもらうための訴求」とはマーケティングをアップデートする

CDP(Customer Data Platform)を活用した広告運用、Webサイト最適化、そして顧客理解の深化について、パナソニックの国内家電部門におけるデジタルマーケティング担当者が語った。

» 2020年06月05日 08時00分 公開
[高橋ちさITmedia マーケティング]

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 1918年創業のパナソニックは言わずと知れた日本の代表的な家電メーカーだ。同社のビジネスモデルは基本的には「B2B2C」。つまり系列販売店や家電量販店などを通じて製品を販売するのが基本であり、以前はカスタマーサポートなど一部を除いて、ほとんど直接の顧客接点を持っていなかった。

 近年デジタル化が進み、商品情報サイト「Panasonic.jp」やECサイトの「パナソニックストア」、会員サイト「CLUB Panasonic」など、顧客接点は拡大した。しかし今度は各接点で膨大なデータを蓄積する一方でそれぞれの部門が分断されるという課題を抱えてしまった。いわゆる「データのサイロ化」だ。

 同社は2017年にArm Treasure Data CDP(カスタマーデータプラットフォーム)を導入した。サイロ化を乗り越えて社内に散在する顧客データを統合し、部門横断的に活用して顧客理解を進化させようという狙いがそこにはあった。

 本稿では、パナソニック アプライアンス社の富岡広通氏(CMJ本部コミュニケーション部主幹)が「PLAZMA 2020 KANDA」で語ったCDP活用の成果について紹介する。

パナソニック アプライアンス社の富岡広通氏

「カスタマージャーニーの可視化」から「顧客理解の深化」へ

 富岡氏がCDPを導入して最初に取り組んだのが、カスタマージャーニーの可視化だ。宣伝部門、会員組織部門、サポート部門が持つ顧客データをCDPに統合し、ダッシュボードを作成して一目で把握できるようにしたのだ。

 顧客の動きが目に見えるようになったことで、とくに強化されたのは購入後の部分つまりCRMの領域だ。顧客が製品を購入後使用するに当たってどのタイミングでどのような困りごとに直面しやすいかが可視化された。最近では製品の一部でIoT化も進んでいる。今後は製品それ自体から収集するデータによって顧客の使用状況を個別に把握し、それぞれに合わせて最適な方法で必要な情報を届けることができる環境作りも始まっている。

 一方で購入前、つまり富岡氏が関わる広告宣伝の領域に関しては、あらためて気付かされた課題もある。カスタマージャーニーを捉えることで、どのタイミングにどの面で広告を打つべきか把握できるようにはなったが、それだけでは「家電が必要」という想起はさせられても、パナソニックの製品を購入する意思決定までは至らない。一般的に今日の家電は機能や品質などにおいてブランドによる差が薄れており、コモディティ化が進んでいるからだ。

 そこで、顧客理解を深めて購入してくれそうな人をCDPで導き出し、マーケティングをアップデートすることが新たなミッションとなった。具体的には「デジタル広告の運用改善」「サイト制作」「訴求の深化」の3つに取り組んだ。それぞれの目的を実現する上では成果を図るための共通の指標が必要になる。そこで、顧客の興味度をIDごとにスコア化した。

CDPでマーケティングをアップデートする

 まずは広告運用の改善。デジタル広告を配信すれば誘導数やクリック率、クリック単価、セッション当たりの平均滞在時間などさまざまなデータが取れる。だが結局のところ、どの広告が一番効果的であったかということになると、ページの作りや担当の考えなどによって判断が分かれがちだ。しかし、興味スコアをベースにすれば、答えは明快になる。このスコアを指標に、ある製品の施策の最適化を進めた結果、広告のROIが約20%改善した。

 次に、デジタル領域の宣伝担当者にとって広告出稿と並ぶ主要業務であるWebサイト制作だ。Webサイトには来訪者が製品に興味を持ってから購入を検討するまで、興味の段階別に見るべきコンテンツが幾つも用意されている。それぞれの効果について、これまでは「Googleアナリティクス」などを活用してセッション単位で分析してきたが、CDPがある現在ではIDべースで興味関心を測れるようになった。例えば洗濯機を探している人を抽出するとして、ドラム式洗濯機と縦型洗濯機のページ回遊状況を比較すればどちらに関心を持っているか明らかになる。興味スコアを追うことで回遊状況とアトリビューションが可視化された。これにより、興味を持って見られているページがある一方で全く見られないページもあること、回遊の順番も想定と違う場合があることなどが分かった。販社向けの提案資料にあるような情報が意外にも、エンドユーザーにも求められているという発見もあった。こうしたことが分かってくると、サイト制作において何を優先すべきか、何を伝えていくかが大きく変わってくる。

 最後が訴求の深化だ。パナソニックにはもともと、広告宣伝に重きを置いてきた文化がある。初代宣伝部長を創業者の松下幸之助氏が自ら務めたほどだ。長きにわたり日本の広告宣伝をけん引する存在であった同社は、デジタル広告においても新しい取り組みにも果敢にチャレンジする。興味関心の高い人を見つけ出し、最適なタイミングで広告を表示させるなら、クリエイティブもまた、見る人の価値観に寄り添ったものにすべきだというのが富岡氏の考えだ。従来はこの価値観を探るためには基本的に担当者の勘や経験が頼りだった。もちろんアンケート調査が用いられることもあったが、価値観の全てが言語化されるとは限らない。この顧客も自覚していない潜在的な価値観さえもデータで探り出し、最適な訴求メッセージを導き出そうと、今もなお試行錯誤が続いている。

クロス分析で広告の訴求ポイントを見つけ出す

 訴求の深化について富岡氏は、ドラム式洗濯機「Cuble」における施策例を紹介した。

 顧客理解に当たっては、自社の持つ会員情報やイベントへの参加情報といったファーストパーティーデータや広告、各種メディアのデータなどをクロス分析した。これによりA〜Cの3つの異なる価値観を持ったクラスタが見えてきた。

 3つのクラスタを世代や家族構成、年収、生活環境などで分析してきたのが従来のやり方だ。しかし、「30代で子どもが2人いて都市部に住んでいるマンション暮らし」ということだけ分かっても、実はそれ自体は洗濯機を買う要素としてあまり参考にならない。本当に見なければいけないのは、ターゲットとなる顧客の価値観の中での課題だ。

 「家族にどうあってほしいか」「会社や自分の身の回りの社会の中でどうありたいと考えているのか」という価値観を理解した上で、クラスタごとにメッセージを変えた。それぞれの広告では単に「洗浄力の高さ」だけを訴えるようなことはしない。子どもの遊び方を制限してしまっているかもしれないと悩む若い親世代には「汚れたって大丈夫」、まだまだ評価されたいシニアには「仕事も遊びも本気な大人に」など、各クラスタの課題に寄り添い、その解決に向けて洗濯機を通じてできることをアピールした形だ。

 クラスタ別に施策の成果をスコアリングすると、世代や年収などに基づいた既存セグメントを100とした場合、AクラスタとCクラスタにおいては2倍以上の成果が出たという。

 富岡氏は「クロスデータで顧客の価値観を掘り下げることで見えてくるものがまだまだあるのではないかと感じる。今後は洗濯機だけでなく他の製品でも検証を進めていきたい」と語った。

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